〜眠れない夜🌠 精霊郵便〜
#1「救急車の音」
音が消えたあとに残るものがある。
救急車のサイレンが、わたしの呼吸を浅くして、胸の内側を落ち着かなくした。
⸻
夜、遠ざかっていく救急車の音。
音は消えたはずなのに、耳の奥にだけサイレンが残って、薄い金属の輪みたいに反響していた。
胸の中も呼応するようにざわざわ鳴り、息が浅くなる。
――たいへんなことが起きているんだ。
――きっと想像できないほどつらいだろうな。
――助けが間に合っても、間に合わなくても……。
最悪の未来を先取りする想像が、恐怖の形にふくらんでいく。
まるで自分のことみたいに重なって、逃げ場のない重さになった。
そのとき、窓のすきまから風を切る音がした。
平たく折られた紙飛行機が二つ、すべって入り、部屋の空気に触れた瞬間、ふわりとほどけて封筒になった。
ひとつは、ひんやり透ける水の封筒。
「流したいものを入れる封筒」。
もうひとつは、触れると指先が少しあたたかくなる光の封筒。
「祈りを入れる封筒」。
わたしは首を傾げつつも、そっと近づき、まず水の封筒を手に取った。
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水の封筒をのぞくと、暗闇に星が散る無限の奥行きがひらいていた。
その奥の奥に、うっすらと森の輪郭が見えてくる。
森の中には干上がった谷があり、木の小枝が、かさ、かさ、と擦れていた。
わたしはふと、胸の“ずっしり”を感じた。
すると黒い塊がごろりと溢れ出てくる。
ひとつずつ、封筒の中の無限の空間へ落としていく。
怖さ、不安、先取りの想像も、煤みたいに形を変えて流れ出ていった。
封筒の中で黒はほどけ、雨粒みたいに細かく砕けていく。
木の枝の音が、すうっとおさまった。
目を凝らすと、森の上に貼りついていた黒雲が雨になり、谷へ降りて、谷の水に溶けながら流れていくのが見えた。
谷底に、細い流れが一本だけ生まれる。
その瞬間、全身がふわりと緩んだ。
家のどこかが、きし、と小さく鳴る。
自分を取り巻く部屋の空気が、やわらいだようにみえた。
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次に、光の封筒。
こちらはやわらかく薄明るく光っている。
中をのぞくと、潤沢な水面が見えた。
ヒタヒタに満ち、ゆるく流れている。
ここには祈りを入れるとあった。
自分のことに重ねて、痛みや苦しさ、最悪の未来を想像するとき、
いっしょに湧いてくる気持ちがある。
たぶん、それが祈りだろう。
その気持ちをそのまま、声に出してみた。
「どうか必要な助けが届きますように」
「痛みが和らぎますように」
言葉になった祈りは、きらりと小さな光点になって流れ出し、封筒の水面へ沈んだ。
水面は一度だけ大きくゆらめき、波紋が広がって静まる。
胸の中心が、ほんの少しだけ温かい。
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ふたつの封筒の封をすると、表面の文字が、音もなく書き換わった。
水の封筒――「渇いた精霊森 涸れ谷行き」。
光の封筒――「渇いた精霊森 光の泉行き」。
宛先が決まった二つの封筒は、来たときと同じように紙飛行機の形に折り戻され、窓のすきまへ畳まれて吸い込まれていく。
夜空に羽を広げ、淡い光を放ち、すうっと飛んでいった。
わたしは思わずカーテンを開け、しばし光が見えなくなるまで見守っていた。
すると遠くから、蛍火のような微かな灯りがやってくるのが見えた。
じっと凝視していると、だんだん近づいてくるのがわかる。
蛍火のように見えたそれは、折り鶴の形をしていた。
光の折り鶴は、窓の隙間から折り畳まれながら入ってきた。
部屋の中の空気に触れると、鶴は折りをほどき形を変え、一枚の便箋になる。
わたしは、ゆっくりとそれに手を伸ばした。
便箋には、こう書かれていた。
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「流した思いは
涸れ谷の水となり
地を潤し めぐりゆく
純粋な祈りが集まる
光の泉から
あなたへ届けよう
深い呼吸と
安らかな眠りを」
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わたしは便箋を胸に当て、長く長く、心の底から息をついた。
目を閉じると、ふっとからだの力が抜ける。
じわりと安堵のようなあたたかさが湧いたのを感じた。
耳の奥に響いていたサイレンは、もう聞こえなかった。
ー最後まで読んでくれたあなたへ
今夜、流したいものがあるとしたら――
それは、どんな言葉?
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精霊郵便:今夜の配達は完了しました💫🕊️
――次の配達は、いつかの夜に。
2025/12/16 投稿
© Eve-teratila
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