アパートの一階に降り立った瞬間、あまりの寒さに声が出た。一人で出かけると好き勝手に動ける代わりに、発言がもれなく独り言になる。でも口に出さないとやっていけないくらいに寒い。小さく叫びながらコートの襟を首元に寄せて歩く。
家から徒歩20分の場所に、美味しいコーヒーを出す喫茶店があると聞いたので、散歩がてら向かう。基本的に内勤でろくに運動ができないから、土日はなるべく歩くようにしている。コツは趣味に絡めること。好きなもののためならば、その道中は苦にならない。
日が当たる路地はあたたかいのに、ぴゅうと風が吹くたび眉間にしわが寄る。もっと厚着をしてくればよかった。でも冬物の上着はこのくらいしか無いし。足首と首元さえ覆えればマシだろうか。丈が長めな革靴が欲しい、と思い続けて早数ヶ月。このままだと春になりそう。
ノブが緩んでいるのか、はたまた扉が固いのか。入り口でまごついていたら、近くに座っていたお客さんが見兼ねて中から開けてくれた。どれだけ非力なんだ、と恥ずかしく思い返しつつ店内から外に目を向ける。明かり窓から差し込む光が大きな影を作り、その陰影が手元のバナナケーキとマグカップに伸びている。口に含まれた焦げ茶色の液体は、うっすらとした酸味と滑らかな苦味を連れて喉を通り抜けていく。
マフラーを膝掛けがわりにして暖を取りながら、金曜の日記をスマホに打ち込んでいく。「独り言にさせない」をテーマに書き方を変えてみて1週間ほど経った。人を跳ね除けるような言葉をぶっきらぼうに、自分のためだけ吐き続けてきたけれど、最近はもう少し柔らかく素直に言葉を扱っていきたいと思っている。
文章を組み立てる過程は一人ぼっちだけれど、投稿ボタンを押したあとはたくさんの人の目に触れることができる。一人で抱え込んでしまいそうな痛みも悲しみも切なさも、外に出せればずっと楽だし、誰かに届けばもっとうれしい。私だけの叫びにさせない。させたくない。もっと読みやすく、優しく紡げるようになりたい。私は私を救うために文字に著してきたし、結局はいつまでもそうなのかもしれないけれど、それでも目指していきたい。自分のためだけに終わらない言葉を生みたい。
は、と気付いたら思いの外時間が経っていた。私以外のお客さんは全員入れ替わっている。マグカップもいつのまにか底が見えていた。好きなもののためならば、その道中は苦にならない。