企画展「環状特ア線」Curated by BY ONE PRESS インディペンデントスタジオBY ONE PRESS(以下BOP)主催の企画展 「環状特ア線」に参加しました。 BOPより出版した文章作品「環状特ア線」をテーマとした8名の作家による同名の作品展です。 6章の短編で構成される本書を展示の根幹を成す世界観、想像の種として各作家が捉え、 それぞれの解釈・手法を用いて新たに"7章目"に当たる作品を発表しました。 -- introduction -- 僕にとって写真とは、手紙であって遠くの近親者へ自分の視界を共有するためのツールである。 最初に写真を志したのは、SF映画を作ることに挫折した時にちょうど受けた大学の写真の授業がきっかけだった。 永遠と刹那は表裏一体。 膨大な時間と空間を描くSF映画、それを作る理由は写真を撮ることで解決されるのではないかと思ったのがはじまりだ。 この環状特ア線を読み終えて本を閉じる。 銀河を駆け巡るその乗り物と、それを取り囲む他愛のない登場人物のやりとり。 (それはまるで自分に起きた本当の出来事なのか、はたまた登場人物の描かれなかった記憶の断片なのかー) それらが自分の視界と融和した時、その頃のことをふと思い出したのだった。 -- text -- ・ 〝遠くはるか彼方の惑星に群生する古代の植物達は、 二つの太陽から降り注がれる強力な紫外線から自身を抗いながら,只ひたすら 今もそこに存在し続けているー〟 いつしかケーブルテレビから聞こえてきたそんな言葉が頭を過ぎったのは、 強い日差しのなか父が趣味で育てている鉢植えに水をやっている時だった。 真夜中 彼の幽霊は古代の植物達と、終わることのない会話をするのであった。 ・ 母の味が恋しくなったのは大学で一人暮らしをするようになってからだった。 一番最初に作ったのは、トマトのサラダだと思う。 父は庭の花に水を遣るのが日課だった。 最初は、父が植物を好んで買ってきてはそれを育てているのかと思っていた。 しかし、実際は母が花好きで、育てることが苦手な母に変わり父が水を遣っていた。 それを知ったのは私が三十歳をこえた頃だった。 春になると、父は毛虫を一匹一匹焼き殺していた。 それは、まるで少年が何かに没頭する時のような不思議な光景であったことを覚えている。 ・ 昔、植物を育てている父を見てあまり面白くなかったのを覚えている。 けれども、今自分にとって植物は日常の一部を担う掛け替えのない存在となっている。 それは、昔見ていた父親の光景を懐かしむものなのか、はたまた親子の血というものなのかー それは誰にも分からない。 僕は、そんな整合性のない事に整合性を与えていく事が愛なのではないかと考えている。 この作品は、僕の父親と彼と植物との対話の記憶を遡る物語である。 ・ 気がつくと朝になり、読書灯が点いたままであることを忘れていた。 不眠症に悩まされていた僕は、その薄く青い縦長に装丁された本をただただ幾度となく読み返していた。 永遠とも言えるその時間を、たった15センチの距離に焦点を合わせ続けていた水晶体はすでにその機能を失いかけていた。 ベランダのある窓へと向かいカーテンを開け、外の空気と光を感じる。 ぼやけた視界に直射の日のひかりが差し込む。 2023年1月16日13時06分、そのとき金星は真南の低空に浮かんでいた。 -- Venus #1 570mm × 841mm Laser Print E.D Free - Venus #2 570mm × 841mm Laser Print E.D Free - Venus #3 570mm × 841mm Laser Printing E.D Free - 手紙、地図、オオガラス #1 203mm × 254mm Type C Print E.D 8 - 手紙、地図、オオガラス #2 279mm × 356mm Type C Print E.D 8









