レギュラー何本も抱えてるのに、あの人、全然忙しそうに見えない。
こっちは月末、残業集計のExcelと睨めっこしとる50歳課長やのに。
所ジョージ、1955年生まれ、71歳。 世田谷ベースという名の秘密基地を持ち、車をいじり、ギターを弾き、庭で何かを作り、犬と散歩する。
テレビのレギュラーを複数抱えながら、基本的に土日は仕事を入れないスタイルで知られている。 情熱大陸に出た時も、仕事が終わる時間が分かるとすぐ奥さんに「帰る」と連絡して、家族で夕飯を囲んでいた。
忙しいはずなのに、忙しそうに見えない。 むしろ、ずっと遊んでいるように見える。
一方、俺。 月末になると部下10人分の勤務データを集め、残業時間の帳尻を合わせ、上に報告する資料を作り、翌月のシフトを組む。 金曜の夜21時にまだオフィスの蛍光灯の下にいる。
同じ「働いている人間」なのに、なんでこうも景色が違うんや。
その答えが、所ジョージが子どもに言ったある一言にあった。
所ジョージは、子どもに「部屋を片付けなさい」と言う時、こういう趣旨のことを言っていたらしい。
「散らかってて汚いから片付けろ、じゃない。次遊ぶ時にどこに何があるか分かるやろ。そしたら次遊ぶ時に早く遊べるやろ。だから片付けなさい」
俺がAIに議事録や週報レビューや日報整理を任せ始めた理由を、ずっと「楽したいから」やと思っていた。 違った。
「次に遊ぶ時間を作るために、今の雑務を片付けとる」んや。
管理職にとっての「遊び」は、部下との雑談であり、来月の戦略を考える時間であり、「この子、最近元気ないな」に気づく余白のことや。
実際、俺は部下10人分の週報レビューをAIに投げるようになってから、毎週1時間が浮いた。 その1時間で何をしたか。
部下と、コーヒーを飲みながら雑談した。 週報には書いてない「実は最近ちょっと」が、そこで出てきた。
所ジョージは、こういう考え方をしている人でもある。
「枠にとらわれたくない、自由でいたい」とカッコつける人がいるけれど、規則や枠の中で工夫したり創造したりするから楽しいんやと。
俺ら管理職は制約だらけや。 予算はない。人は足りない。上からは数字を詰められ、下からは不満が上がる。 「自由にやっていい」と言われたことは、一度もない。
でも所ジョージに言わせれば、その制約こそが遊び場になる。
AIに「部下の週報から、来週の1on1で褒められるポイントを1つだけ抽出して」と投げた。
この中から、来週の月曜に声をかける時に 「褒められるポイント」を1つだけ抽出してください。
たったこれだけ。 月曜朝の「おはよう」の後に、一言添えるだけで部下の目が変わる。
予算ゼロ。追加の人員もいらん。 枠の中で、AIという道具を一つ足しただけ。
所ジョージが世田谷ベースでやっていることも同じ構造や。 既製品をそのまま使わず、自分で手を加えて、自分だけの一品にする。 100点の完成品を買うんやない。 70点のものに自分の工夫を足して、120点にする。
所ジョージは「面白がれる人は何でも面白い。不満を持つ人はどんなにお金があっても不満」と言っている。
管理職が面白がれなくなっている原因は、たぶんシンプルで、「面白がる時間がない」だけや。
雑務に埋もれて、視野が狭くなって、部下の変化にも気づけず、自分の仕事が「作業」に成り下がっていく。
所ジョージみたいに軽やかには生きられん。 世田谷ベースも持っていない。 秘密基地の代わりに、だだっ広いオフィスがある。
でも、月曜の朝に部下へかける一言が変わるだけで、この仕事はちょっとだけ面白くなる。
今夜、一つだけAIに片付けさせてみてくれ。 明日の朝、ちょっとだけ遊べる時間が生まれる。
俺は50歳で、ようやく遊び方を思い出し始めたところや。
管理職の「忙しい」をAIで片付けて、ちょっとだけ面白がれる朝を作る話を、毎日書いとる。