私は、皇室全体会議において毎回、発言の冒頭、同じことを申し上げてきましたが、今日もまた同じことを言わせていただきます。
日本の歴史とともにあられ、約2000年の伝統を有する世界最古の皇室に対して、2026年の今日、たまたま選挙に通っただけの一介の国会議員にすぎない者が意見をするなど、誠に畏れ多いことだと言わざるをえません。
日本保守党の意見は一貫して変わりません。いま考えるべきは、将来の皇統の安定継承を可能とする手立てであり、そのための最小限の法改正です。
このことは現在の皇室典範でも第1条に謳われていますが、この原則が、悠(ひさ)仁(ひと)親王殿下の後(のち)の代(だい)にも、揺らぐことのないように――。
これだけを、私たちは考えるべきなのです。その有効な策である「養子案」―旧宮家から男系男子のご子孫を養子に迎えられる案には、保守党は賛成すると一貫して主張して参りました。
ところが、今般の皇室典範等の改正にはもう一つの論点があります。皇族女性がご婚姻後も皇族として残るという案です。これに私は賛成できかねると、繰り返し申し上げました。その理由は、将来、いわゆる「女系天皇」の誕生へと繋がるリスクを内包しているからです。
女性皇族が一般男性と結婚され、お子様をもうけられた時、必ずや「お子様に皇族のご身分を与えるべきだ」という意見が出てくるでしょう。
私は断言します。絶対に、そうした世論を形成しようと謀(はか)る人、組織、団体が現れます。
曰く「母と子の身分が違うのは人権問題である」、曰く「母親が皇族であるのにお子様がそれを継げないのは人道上おかしい」、曰く「これは一種の女性差別だ」等々、理屈はいくらでもつけられるでしょう。
その「世論」に負ければ、2000年の歴史に例のなかったことが起きる恐れがあるのです。
皇族の血統にない男性の子が「皇族」となる――。これは長い日本の歴史上、一例もなかったことです。そのお子様が皇位継承者となり、万が一、皇位を継げば、いわゆる「女系天皇」が誕生するわけですが、この瞬間、万世一系の皇統は途絶えます。
いいですか、皆さん。戦後の誤った教育のせいで、多くの日本人が我が国の国体である「天皇」、また皇統の何たるか、を知らずにいます。そういう中で、2000年の歴史を安易に変えていいのですか。
80年前、11宮家を臣籍降下させたのは、アメリカを中心とした占領軍の圧力でした。宮家をなくせば、いずれ皇統が絶える可能性が高まると、彼らは考えたからですが、まさに今、その狙い通りの危機に向かっています。
一方、現在のわが国には、「皇室の破壊」を目論む団体、メディア、あるいは外国勢力がいくつも存在します。長年、「天皇制廃止」を党是の一つとしていた政党もあります。
そうした人々が今、声高に唱えているのが、女性天皇および女系天皇の誕生です。彼らは「男女同権」を金科玉条のごとく振りかざし、女性天皇、女系天皇誕生を主張します。しかし、もし将来、女系天皇が誕生したならば、その時、彼らは一転して、「皇統の正当性が失われた」と言い、皇室の終わりを主張するに違いありません。
今回の女性皇族の身分保持案は、このようなリスクを将来に残すということなのです。
ここでいま一度、女性天皇の歴史に触れます。歴代126代の天皇のうち、女性天皇は8人おられました。その8人は天皇に即位された時点で全員が独身です。
4人は配偶者をなくした未亡人、残りの4人は未婚です。そしてこの8人はいずれもその後、結婚されず、一人のお子様も得られませんでした。これは偶然でしょうか。
8人もの女帝、皆様が即位後に独身を通されたことが偶然だったはずはありません。これは女系天皇誕生を回避するための不文律が存在したと考えるべきでしょう。
今日、この場におられる皆様の中に、皇室が未来永劫変わらず、日本とともにあってほしいと考えておられる人がいるなら、今からでも遅くはない。この「女性皇族の身分保持」案に疑義を唱えてください。
将来、本当の意味での皇統の危機が訪れた時、私たちは厳しい歴史の審判を受けることになります。令和8年の皇室典範改正こそが過ちの端緒(たんしょ)であったと断罪される恐れがあるのです。
私は70歳です。おそらく寿命はあと10年ちょっとでしょう。別に死ぬのは怖くはないです。しかし私の死後、作家でもあった百田尚樹はなぜあの法案を止められなかったのかと言われるくらい、嫌なことはありません。ただ残念ながら、私は弱小政党の代表に過ぎず、この間違った流れを止める力はありません。
もし私が総理大臣なら、政治生命をかけてでも止めるところです。
神武天皇から126代、すべての天皇は男系で継がれてきました。例外はありません。しかしもし将来、皇統と男系で繋がらない方が皇位継承者となれば、皇統断絶のリスクは極限まで増大し、万が一にも女系天皇が誕生すれば、日本の皇統の終焉(しゅうえん)が訪れます。
ここにいる者は全員、70年後にはこの世にいません。しかし、日本はその後もずっと続くのです。私たちは悠久の歴史の中のほんのわずかな時代を生きるだけの存在であるという自覚を持つべきではないでしょうか。
その我々が、国体を触ることへの畏れを、忘れてはなりません。
これで私の意見は終わります。ありがとうございました。