東京オリンピックとそれにまつわる安倍さんへの批判について。
安倍さんの東京オリンピック安全宣言は、安倍さんが就任以来目指しているオリンピックよりも未来のビジョンと、それを実現するための環境とは何か?というのを理解しないと、両手を上げて喜べないであろう気持ちは多いにわかるな。
確かに無責任とも取られかねないし、実際開催が安全かというとそうではないだろうし。
個人的には東京オリンピックはあくまでも通過点でしかないと捉えているので、プレゼンの内容をつつくよりも、素直に開催を喜んでいるけどね。
確かにあの発言はだいぶ思い切ったなあと思った。でも、それと同時に安倍さんはそれくらい本気なんだとも思った。
政治生命で言えば一度死んだとも言える安倍さんが復活し、そして今ここにいるわけだが、そこには就任以来述べている「戦後レジュームからの脱却」を何としてでも果たすという強い決意があるわけで、今回のオリンピック招致で目指すのは、「自信のある日本」を国民の心に取り戻すことだろう。
経済は人々に消費するマインドを持たせることだと言うが、20年間続くデフレを打破するのに、今回のオリンピックほど心理的に効果のあるイベントはない。
戦後レジュームからの脱却というのは、日本が戦後から植え付けられているGHQによる自虐史観からの脱出である。
戦後世代に多い「大東亜戦争の主犯は日本」「日本がすべて悪い」的な考えは、戦後GHQが「アメリカ、連合国側への批判は禁ずる」という報道統制をしいたなかで、NHKを始めとする新聞、ラジオによって広められた根拠のない話というかプロパガンダに他ならないわけだが、そういう報道の中で育った世代、ネットという市民の声が誰にでも気軽に触れられるツールがない時代においては、一定の価値観に人間の考えが染まるのも無理はない話だ。
最近話題になった出来事としては、「はだしのげん」なんていう胸くそが悪くなるプロパガンダ漫画である。歴史の何が真実かの区別がつかない幼児期の子供に、嘘の歴史を刷り込むための完全なる洗脳教材と言えよう。
あの糞漫画に関しては、天皇陛下の侮辱をしているという時点で、文科省の学習指導要領に書いてある「天皇についての理解と敬愛を深めるようにすること」という内容に思いっきり抵触している。
松江市教育委員会の対応は実に素晴らしかった。むしろ、学習指導要領に違反している時点で、全国的に禁書に指定すべきと思う。
だいぶ話がずれたが、今回のオリンピック招致はその心理的効果と経済効果を考えた上で、日本というか安倍さんが何としてでも東京で開催したかったというのは当然である。
安倍さんのビジョンを知らない馬鹿どもの中には、こうした被災地を無視しているともとらえられないやり方について、独裁的だとか、優先順位が違うとか下らんことをわめいているやつもいる。
だが、歴史の中で指導者というのは痛恨の判断をしなければならんときがある。自分は今回がそれだと思う。
いや、正確には今回もか。終戦記念日に靖国に参拝しなかったこと、ある意味嘘をついてでも東京は安全だと公言したこと。
これはその先のビジョンを考えた時の東京オリンピックによる効果を考えた場合の決断だったと思う。実につらい決断だったと思う。
こういった、ある意味強硬なやり方に関して、支那と朝鮮の考えに染まった馬鹿者が、安倍政権は再軍備へ踏み切ろうとしているとかくだらないことをわめいているが、安倍さんが取り戻したいのは正常な日本だ。大日本帝国ではない。
そもそも支那と朝鮮にこんなことを言われる筋合いは全くなく、支那に関していえば、このご時世に関わらずチベット、ウイグルを武力制圧してというか武力侵攻しておいて、「内戦だ。治安維持活動だ。」みたいなことをほざいている。
朝鮮は朝鮮で、同じ人種同士で殺し合ってる分際で何を言うのか?という話であるし、固有の文化も持たず、今も昔も強者にすり寄って、立場が悪くなるとダダをこねて金をせびるという、まったく精神的に成長のないとんでも民族なわけだ。今も昔もこれなのだから、朝鮮のそれこそ長年の文化である近親相姦で遺伝的に損失があると言われても無理がなかろう。
週開けてオリンピックに対して色んな意見が出てきたが、その中で思ったのは、日本には想像以上に歴史を知らんやつがまだまだいると言うこと。
改めて「戦後レジュームからの脱却」が急務であると感じた。