デモで中指を立てる写真に腹を立ててる知人がいた。その気持ちは分からなくはない。個人的に好きじゃないから。でも、怒りの内容でなく表現方法…絵面にだけ目がいっちゃうのは残念でもあった。一瞬を切り取った写真だから仕方ないのかも知れないけど。中指を立てる行為は、流行に乗っかった渋谷のハロウィンと同じに見えたらしい。なるほど、そう見えるのか。1つの参考にする。
でも、その中指立ててる人は流行でデモやってる人じゃないよってことは伝えておいた。流行に乗っかる気持ちだけで、何年も自分の時間割いて出来ることじゃない。ずっと抗議の先頭に立ってきてる人達だって知ってたから。(知人とのやりとりで「中指パフォーマンス」と表記したのは軽く思わせてしまったかも。私の言葉選びミス。反省。)
その後、改めて考えてみて、そもそも流行に乗ることは悪いのか?って。 ハロウィンでの悪ノリ迷惑犯罪は論外として、楽しむこと自体は悪いことじゃない。デモや抗議だって時事的な事に対してワーッと盛り上がるわけで、ある意味では流行なんだよなって。流行に乗るかどうかはもちろん賛否あるだろうけど。
ちなみに、知人が見たその写真は厳密にはデモじゃなくて抗議。つまり怒りの現場。なので、人によっては中指を立てることもある。それが、その人の怒りの表現だから。街を歩くデモと権力に向かう直接抗議は様子が違うってことは、ここ数年で理解した。デモならたくさんの人に参加してもらうために311以降の社会運動はずっと工夫して努力を続けてる。でも一瞬その写真を見た彼や、遠巻きに見てる人には同じなのかな、とも思った。彼は権力に抗うこと自体を否定してる人では無かったから、初めてのデモで「アベを殺せ」とか言ってるおかしな人に遭遇しちゃって怖くて泣いて帰った…と言ってた女性と似た感覚なのかな?と想像もしてみた。
「流行に乗ってやってるわけじゃないよ」という反論に対して返信来たけど、やっぱり中指立ててる人たちや、それをクローズアップして撮ったことには腹立つらしい。私には解釈改憲に怒る人々に見えるけど、人によってはふざけたパフォーマンスに見えるのだな。
知人は新しいデモのスタイルが選挙や政治を真剣に考えるきっかけになれば良いし、いつの時代も権力への抵抗も「あるべき」だと考えている様子だった。ただ、選挙や政治へ関わることを崇高で重要な事とも考えてるようで(全然間違いではない)軽いパフォーマンス的に見える事が許せなかったのかも知れない。1枚の写真から広がる各々のイメージとそこから始まる思考。
昨夜から諸々考えて…結果、311以降のデモなどの社会運動が若者の政治参加がのハードルを下げて「渋谷のハロウィン」並みに盛り上がるなら全然アリじゃん!て思いながら昼メシ作った。政治は誰にでも関係している生活の延長なのだから。もちろん、マナー悪のハロウィン悪ノリのようにしちゃだめだけどね。
ふだん、Facebookでそんな話は全くしない人が突然書いてたってことは、ヤベくんの写真のインパクトは色んな意味で凄かったってことだな。