私はあなたを思いやれない、自由な時間が削られていて自由な気持ちで計画を立てられる回数が減りすぎていて、しかもあなたのことをもう好きじゃないから
"I'm Dorothy Gale from Kansas"
Doug Jones
YOU ARE THE REASON
Fai_Ryy
Color Me Curious

@theartofmadeline

Discoholic 🪩
Monterey Bay Aquarium
KIROKAZE

bliss lane

#extradirty
todays bird

if i look back, i am lost

Product Placement
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私はあなたを思いやれない、自由な時間が削られていて自由な気持ちで計画を立てられる回数が減りすぎていて、しかもあなたのことをもう好きじゃないから

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2026.6.19
同じ家に暮らしているティーンが「今流行ってるchat gpt構文」を実演してくれてしゃがみ込むほど笑った。あいつが実態の声を持つと手に負えないムカつき力を発揮するし、非常に良いトーンで再現していて感激。
2026.5.30
確定的なことは何もないのに、人生の時間が有限なことだけは確定していて、この1分、この10分、明日の24時間、今日の30分、それらが全部、有限の中の一瞬・一部であることを考える。
電車の隣に座った人のジャケットは明らかに仕立てと生地が良いもので、その人が握っていたスマートフォンには延々とAIが作った縦画面のショートドラマが流れていて、AIが作った人の顔がAIが作った文字を読み、合間にたまにつまらなそうなパズルゲームの広告が出る。老眼の距離で離されて膝の真上に置かれたスマートフォンは私の視界から消せなくて、テカテカした質感の人が交互に映り、会話らしき形式の文字が流れる。
人生は有限なのに、どこかの機械がどこかの電気を使ってポコポコ作った映像と課金を促すパズルゲームの広告に有限の時間が溶けていく。
私の人生の15分の中にも何の価値もない15分があり、有限の時間を溶かす。
私の有限の時間、あなたにとっても有限の、その中の半日。
明らかに夏だけど、まだ風が抜ける木の中なら息がしやすい5月。でももう夏で、これから10月まで夏が続く。
友達を待つ間、深緑色のパラソルの下の影にある椅子を一つ確保してとりあえずソフトクリームを食べた。パラソルはあったけれどソフトクリームを片手に上を向けば、真上にある太陽が布地の向こうによく光っていて、影の下に居はするけれど紫外線のほとんとすべてを浴びている感覚がある。風はまだ涼しくて、砧公園に何故か張り巡らされた黄色いテープの立ち入り禁止ゾーンを抜けてそよぐ。一人でソフトクリームに小さなスプーンを刺したところで、斜め後ろの方から「アイスたべたいー」と叫ぶ子どもの声がする。申し訳ないと思うけど私は食べる。腕にも顔にも紫外線を浴びている気配がある。
砧公園に張り巡らされた謎の境界線テープは目[mé]の展示みたい。境界がある、境界はない。
アイスを食べ終わって、か弱いパラソルの下の影から、大きな木の下の影に移る。張り巡らされた境界、抜けていく風。
遠くから友達が手を振る。私たちはもう日傘をさしている。
世田谷美術館の外壁のタイルは立派な細工で、ゴツゴツとしたデコボコの四角、屋根を支える石造りの三角、建物内の屋根の曲線や窓のカーブ、波の形をしたベンチがある。
「田中信太郎――意味から遠く離れて」の展示にある、三角や四角や丸、量感のある立体物、垂らされた布は世田谷美術館の建築内の光や暗い出口、屋根のカーブや曲線の壁に設置された滝と呼応するようで、ただのホワイトキューブとは違う質量が作品の豊かさを担保する。
世田谷美術館のカーブのある窓の中は静かで、3mくらいある大きな四角と丸と三角の枠の向こうの向こうの向こう、ガラスはないけど静かな向こう側、木漏れ日の光の揺れだけが届いて風の音がしないこちら側、屋根を支える石の支柱の三角形とフロアの細い真鍮の三角形が呼応する。
機能的なだけのホワイトキューブ建築は便利だろうけど、アートはそもそも便利でもなんでもなく、ただその存在感を見つめるためにあるのだから、人工大理石で作った立方体の形違いだとか、真っ直ぐに立つ真鍮だとか、真鍮の断面の四角や三角の違いだけを見つめて面白いと思うことのその「便利」と対極にある何かのことを、ピカピカのホワイトキューブの中だけだと受け取れないこともあるのかもしれない。72キロあるバレーボールくらいの球を、触って転がしてみたかった。
混雑していない時の世田谷美術館の豊かさ。
スタッフの人が、丸三角四角を見る時のベストポジションを小さく教えてくれること。
とてもクールな樹脂や無機質な立方体、人の高さよりほんの少し高い位置にある「神様」みたいな大きさの布の彫刻とキャンバスの組み合わせ。
ネオ・ダダ、モノ派からは信仰の形は見えないけれど、人間より少し背が高くて細身の布は神様みたいだったし、真っ直ぐに重そうな十字架の真鍮には信仰を感じた。
テクニックとコントロールを外れたような質感の油彩、コントロールだけで仕上がったアクリルの彫刻。
ぐったりと疲れた空気のバスを乗り継いで帰るとまだ夕焼けが眺められる時刻で、家の前からまた自転車に乗り夕日を見にいく。夏至までの、美しい淡い色の空がずっと続く季節。白くて大きな月が低く浮かんで、散り散りになった雲が流れる。
人生は有限で、ゴージャスな夕日とまだ涼しい風。
私たちはこの有限の中で何を選べるんだろう。
2026.5.27
朝6:30、床で二度寝してた人に「こういう時はさ、一言だけ、声を大にして言いたいよね、おはようございます!」って言われた、がんばれ
2025.5.14
「怖い映画がいい」と言うのでウォッチャーズをちびちび見る。撮影がとても良い。
数年前、うちに小学生が10人集まって家を暗くして黒沢清の回路を見る会が催されていたんだけど、最後まで見ていなかったのを履歴で見て、飽きたのかと思っていたら、今日「おばけ怖すぎてみんなで決めてやめた」と言っていたので清のおばけの怖さが時代を超えていて良かったなと思った。
私は清のおばけが怖すぎるのでまだ見ていない。ホラーの中にはまだ私のフロンティアがある。

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2026.5.9. 日記、映画と小説の『サンキュー、チャック』
昨日の夜はにこにこ顔をしたカワウソのぬいぐるみの白いお腹とUSJで買った茶色いティムのぬいぐるみを撫でて眠った。
一昨日の夜は死にたくなって、だけど隣にいる自分が「それは眠いだけだ」と肩をこづいていた。昨日は間違いようがなくただ眠くて、家の外なら5分目を閉じればうっすらと眠れるくらいの眠さで、運動なんて全然したくないのに、とりあえずキックボクシングへ行った。ジムは広くもないしオシャレでもない、何故行くと楽しいのかも定かではなく、定かではないのに、行く。
今朝はやむを得ない事情で早く起きて、キャップだけ被って用事を済ませに外に出かけた。用事を済ませた後のファーストフード店は予想よりもずっと混んでいて、私にとっては信じられない、嫌な、選択肢がなくてやむを得ない早起きを、世界のみんながしていることを知る。早起きが得意な人間は傲慢だから嫌いだ。自分が社会に適応した優れた人間だという顔をしている。でもそれは特定の一人の顔でしかないので、あなたのことを傲慢だと思っているんじゃなく、私が浮かべているあいつのことを、私が嫌いなだけだ。
とても珍しくファーストフード店のモーニングセットをテイクアウトして、調剤薬局と植物店に寄る。切り花や鉢植えを売っているお店が朝から賑わっているのは意外じゃない。植物を好きな人が早起きをして、鉢植えや植木に水をやり、5月の素敵な天気の朝に新しい植物を買って暑すぎない日差しの中土を掘ったり草を抜いたりするのは素敵な光景だと思う。
私は白い花に紫色の細い縁取りのトルコキキョウと、シュガーパインの小さい鉢植えを買う。350円ずつ。
部屋の中でうまく育てられなかった小さな鉢を、シュガーパインに植え替える。あと、水をうまくやれない間もよく伸びてくれているフランスゴムの木の土を替えてあげる。かっこいいまっすぐな筒状の植木鉢は、植え替えが面倒くさいことがわかった。下が窄まっている植木鉢の方が、断然土を交換しやすい。植木の土を替えるのはものすごくめんどくさいので、ぼうっとしている間に勢いでやる。なんとなくちゃんとできているはず。
信じられないくらいの早起きをしたので、用事を済ませてからしっかりと王様のブランチに間に合う。バカみたいな家賃の家を紹介していたので叫ぶ。
『サンキュー、チャック』の原作を読みながら少し昼寝をする。「ローラースケートを履いた少女。こんな異常な日に、いや、異常な年に、こんなに正常な存在があるだろうか。」
小説は面白く、読みやすく、同時にマイク・フラナガンの映画化のうまさに感動しながら読む。第三章(冒頭)の世界は死のメタファーで、だけどこの2026年のここは悪政に巻き込まれ、もっと遠い国の悪政にも巻き込まれ、終わるかも世界と親和性が高すぎ、映画を見ている間は「もうマイク・フラナガン作劇で終わっちゃえばいいんだ」と思っていた。
これが最後のGWだったらどうしよう?「世界が終わろうとしているのに、〝最悪だな〟くらいしかいえることがないなんて。たぶん、わたしたち全員、もう終わっているのね」
昼寝の間に短い夢を見て(夢はいつもカラフルで、今日は青紫色)、起き上がってお茶を入れた。
SNSをスクロールする時間はやっぱり何もうまないから、家に山ほどあるまだ読んでない本を積んで、その隙間で昼寝をする方がずっといい。
私が本当にしたいことってなんだと思う?
南米のマジックリアリズムを含んだ映画を見たり、人が少ない渋谷の端で薄い文庫本を買うこと?
ずっと昔、もう会わない友人とも来たことがある、肉の端がカリッと焦げた美味しいハンバーガー屋さんで外の光を眺めること?私はこれまでの人生の怒りと恨みを全部放り投げられたと思う?
ずっと昔に、それこそ差別的な理由で、その時選びたかった仕事を取り上げられてしまい、私はそれに適応して、仕事そのものを「こんなものか」と思うようになった。
それから年齢を重ねて、自分が(人間みんなが?)しっかりと仕事に飽きて、結局、仕事なんて数十万円かもうちょっとお金を積めば、部品としていくらでもすげ替えができるものなのだと深く理解する。部品じゃない私はどこにいる?
『サンキュー、チャック』の映画に沿えば、あなたの頭の中に。「わたしのなかにはたくさんのものがある」「あなたに見えるものすべて。あなたが知っていることすべて。世界があるのよ、チャッキー。空の星とか、通りのマンホールのふたとか。」
私の5月は5万人のピクニックに参加して(平和がいいよね)、ネームバリューのわりに現代アートとしてはパッとしない美術展に行って、「この夜の感じが10月まで続けばいいのに」と言いながらアインシュペナーを飲んだ。
最後ののんきなGWだったらどうする?
でもきっとこんなふうに待っていることしかできない。
2026.5.8
「今って何の季節かわかる?」「わかるよ」「ビーバーの赤ちゃんの季節〜!!」「かわいーー!!」と言ってビーバーの赤ちゃんの動画を見てから寝た
2026.4.28
ドラマの『銀河の一票』を見ていて、政治家が廊下を歩くシーン〜エレベーターのシーンで同じ家に暮らしているティーンが「シンゴジラみたいな撮り方」と言ったので「賢い子!」と叫んだ。
銀河の一票、第二話まではとても面白いです。「消えたい…」と言う黒木華さん可愛すぎるし突然人権を暗唱するの素晴らしい。
2026.4.19
昨日見た映画のベーグルが美味しそうだったため、コーヒーを淹れ直しベーグルを半分に切ってトースターで焼き、クリームチーズとピーラーでスライスしたオニオンを挟んでブラックペッパーを挽いてスモークサーモンを挟んで食べた。
昨日見た『これって生きてる?(IS THIS THING ON?)』ではよく分からないような量のベーグルをどんどん二つに切って何かを挟んで食べていて、友だちに話をしている時は今にも別れそうだった夫婦が「いややっぱやり直せたんだよね」となんでも無いかのように言っていた。
でも長い人間関係というのはそういうものかもしれない。
身近な人にポロッと「もう終わりだ」と言いながら、やっぱり良かったところを体感として取り戻し、良い空気だった頃にふわっと戻れるようなのが、長い人間関係というようなものなのかもしれない。
ローラ・ダンが演じるテスはオリンピックに出るようなバレーボールの選手だったから、そちらの人生の終わりの喪失感が重そうで、子供や家庭がそのすべての代わりにはもちろんならなくて、でも代わりにならない欠如を抱えていても、テスにはテスの人生があり、年齢を重ねる変化は否応なく起こり、抗うことだけが正ではない。
映画の帰りにベーグルが食べたくて成城石井に寄ったらスモークサーモンが信じられないほど高く、かなり躊躇ったものの意を決して買った。
今日ベーグルに挟んだスモークサーモンは値段に納得できるほど美味しく、ひとりで「うま!」と声を出した。
美味しいものを、うすぼんやりしながら信じられないほどのんびり食べられるから家は良い。
400ml以上も入るグラスで水を飲みながらTEAPONDのお茶も淹れた。
本を読み、新聞を読み、手帳に映画のメモを書いて、ベーグルやクッキーを食べ、ストレッチして顔を洗い日記を書ける。
私は自分が考えていることを邪魔されるのが大嫌いで、今窓から見える私道にふくよかな猫が転がっていること、向こうのマンションの屋上にカラスがとまっていること、つつじの花の鮮やかさを眺めていられる自由が好きだ。
自由について考える。
この前、仕事関連のとても人柄がいい人たちとお昼を食べたけれど、映画の話も政治の話もできず、一つの面白いこともなかった。
次から次へと映画と音楽の話ができる人と過ごす時間とのあまりの落差に息が苦しく、虚しく、一人で本を読んで散歩をしながら、たんぽぽってこの季節なんだなとか、鳩なのに徒歩で横断歩道を渡るし自転車が通り過ぎても気にしないんだな都会の鳩は 等と思いながら過ごす方がずっと楽しい。
仕事は技能として時間を明け渡すが、「私」の思考や価値観まで侵食されるのが本当に嫌いで、どんなに人柄が良くても仕事の人は仕事の人以上にはならず、一緒に過ごして世界が輝きを増すようなことは起きない。
私は私が選んだ人としか一緒にいたくない。選んでもいないのに「親しみをもて」と言われるのが本当に嫌い。私が選んでいない価値観を押し付けられるのは最悪の出来事だ。
家族や国家で個としての自分に箔をつけようなんて考えは卑しすぎて全く受け付けない。
仕事にしても、例えば数十万円や数百万円、もっと金額が大きくても絶対に代わりが見つかるし、それに人生や命をかけるのはリスクと虚しさが大きいと思う。
幸福とは条件じゃなくて状態で、楽しいことや面白いこと、美しいと感じる感情はやっぱり個にしか還らないだろう。
※
髪を切ってから映画館へ向かう途中に、表参道の7階にあるギャラリーへ行く。ガラス張りの空間は勿論全ての遮光をすることもできて、しかし太陽光の中で作品を見せてもらえるととても嬉しい。遠くの緑や隣にある教会の塔、空や時間によって光の角度が変わることは、私たちが体を運んできてこの時代・この日・この場所でしか見られないことと世界を繋げてくれる。
太陽光は作品を傷めるから、キラキラと差し込む光をいつも入れるわけにはいかない。
リナ・バネルジーの、タイトルが長い作品は高い天井からぶら下げられ、床まで広がったガラス瓶や貝殻、可愛い鹿が太陽の光に照らされ、長い影が落ちる。
[不自然な嵐の中、 豊穣で、 脆く、 欲望に満ちた世界は、過剰な授粉に汚染され、 乱雑な交易を掴み取ろうと飢え、いくつかの雑種的な所有物に計り知れない大きさを与え、 無節操な遺産を排出し、彼女の現代的な愛を撒き散らし、いかなる場所よりも深く息を吸い、背を反らせて新たな帝国と宗教を放り出し、 決して温まることのないものを変えようと、 季節外れの希望を浴びた]
鋼鉄製ドーム、 木製のカンバセーションチェア[会話用椅子]、 綿布、 貝殻、 木製祭壇、
琥珀色のガラス薬瓶、 ワイヤー製シャンデリア、 ガラス製シャンデリア、 ダチョウの卵、
乾燥した中空の瓢箪、 紙製およびプラスチック製の地球儀、 プラスチック製の卵、
琥珀色のガラスビーズ、 白い鳩の羽根の扇子、 灰色の鳩の羽根、 中国風の傘、 真鍮製の
照明器具、 プラスチック製および木製の動物のミニチュア、 セラミック製の黒い角
700 × 400 × 400 cm(2008年)
ポスターになっていたドローイングは少し怖かったのに、青空の中でゆっくりと回転する薄い布の気球は可愛く、羽飾りが力強く、抑圧を受ける側の人間が作るものでも抵抗以外の世界を広く旅をし続けられる。理不尽や怒りの中でも、違う場所にだって行ける。
恨んでいる、抵抗している、怒っている、だけど優雅にも暮らせる、冒険と旅と愛を。
Coachellaの舞台に青い服のDavid Byrneが出てきた。
辞めた会社の株価がドカンと下がっていて元気出ちゃった。

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2026.4.6
安く売ってた苺を洗って切って練乳かけて朝ごはんに出してあげたら「こんなにいいものを、いいんですか…!?」と寝ぼけ眼で言われたので買った甲斐があった
2026.3.20
朝目が覚めたら日本が地上戦に巻き込まれる世界になっているかもしれない、と思いながら起きた。
これから見にいく映画のためにSNSへのログインはしたくなかったけれど、新聞の紙面と新聞社のニュース速報を眺めても確信が持てず、現政権に大して辛辣でアメリカ政治に詳しい専門家・ジャーナリストの投稿を数名分読み、一旦は軍事行動は行わなそうだと思った。とりあえず今日はきっと。
アメリカ大統領がバカであることをアメリカに暮らしている人の数割が辛く思っているだろうと想像してはいたのに、日本もそうなってみると勿論想像よりもきついことだった。あのバカのせいで買えなくなるものがある、バカが外交を失敗すれば手に入らなくなる医薬品や日用品が出てくるだろう、不便で不快な時間がやってくるかもしれない、戦争になれば私は飢えて死ぬだろう。
色々なものがなくなっていき、日常が破綻するなら、5年後10年後にどんな展望を描けば良いの?
昨日大阪にいたせいで天気予報の表示が大阪のままで、よく晴れて暖かいのは大阪だけで東京は冷たい雨が降っていた。
友だちにお裾分けする551を包んで冷蔵庫に入れていて、大阪の住宅地にあったパン屋さんの可愛い焼き菓子がキッチンに置いてある。玄関ドアのホワイトボードに「551もってく!!」と昨夜書いた。
雨で、戦争の予感と、不安があるのに、私の1日は楽しみなことで満たされていた。
お洒落なフードコートのキッチンカウンターの中にいる人は全員が全方位隙なくお洒落・かつフランクで、馴染みのない料理のことも、イエティの人形のことも教えてくれる。都心の中心地ではない商業施設のソファはゆったりと体を預けられて、しかもそのまま眠りこける自由さえある。MARNIのショップの前で眠りこけられる大らかさのことを豊かだと思う。
プロジェクトヘイルメアリーは2022年の国内旅行の飛行機で読んだ。離着陸のGを感じながら読む宇宙船の話は体感が伴って面白い。
ザンドラ・ヒュラーさんのことは2016年にパリのstudio 28でToni Erdmannを見ていて、私は映画館で号泣した。ドイツ語・英語・フランス語字幕の映画でも、パパかダディを聞き取れれば父・娘の映画であることが把握できてなんとかなり、良い役者さんならじっと見つめていれば感情の流れは伝わってきて、後日日本語字幕できちんと見ても大きくは変わらない良さがあった。
ライアン・ゴズリングを知ったのはブルー・バレンタインだろうか?ドライヴは映画館で見ているので、2010年か2011年からずっと見ている。
プロジェクトヘイルメアリーの原作を読んでいた頃の世界はこんなに危うくはなくて、色々な問題があるものの法の支配や秩序、物事の根拠が存在していたように思う。
物事の根拠がなくなれば、何を考えても理屈を整えても無駄で、「あいつはどうせ何も考えていない」と放り出すことになり、無力・無気力さが増していく。
そんな中で、プロジェクトヘイルメアリーの映画自体が、難しい挑戦を楽しく乗り越えるためにプロが集まって技術と想像力を結集し、私たちに勇気を与え、楽しませ、力強いメッセージを届けてくれたことに感動する。
ロッキーの造形は何百案あって、ブリップAのデザイン案は何百あって、グレースにとって一番大きな記憶の欠落を思い出すタイミングはどれほど検討されたんだろう。
ベストな選択、ベストなストーリー、笑いとポエティックと分かりやすさのバランスは、どれほど検討されたんだろう。
小説が出てからまだ5年しか経っていない。原作ファンの期待を裏切らず、初めて見る人に楽しんでもらうことは、宇宙へ飛んでいくのと同じくらい難しいかもしれない。面白い物語には公式も数式もない分、もっと難しいかもしれない。
ライアン・ゴズリングが叫ぶ美しい宇宙と新鮮な造形の宇宙船を一緒に見た友だちとは、この前材質が全く違うファニーな宇宙船を一緒に見た。すごく短い間に面白い宇宙船を二つも見るなんて珍しくて、それが嬉しい。
知らない場所で時間を過ごして、可哀想なライアン・ゴズリングを愛でて、宇宙船の前で一緒に笑う。世界が終わるかもしれないけど、私たちはまた一緒に映画を見る、質問?
2026.3.18
待ち合わせの時間に早く着きすぎて、ディスクユニオンで何か見ていようと傘を畳んでいたら英語で「電子音楽はこの店舗かな?」と聞かれたので、たぶん、と答えて一緒に店内に入り、TECHNO/HOUSEのセールの箱を見つけ、これかな?と聞いたらそれだった。
一棚奥の通路にYMOのコーナーがあったので「YMOと細野のレコードはこっちだよ」と一応伝えたら彼は既にニコニコだった。
私の今日の一番の成果は彼が安心してテクノのレコードを物色できるディスクユニオンの自動ドアを一緒にくぐったことだと思う。
私は380円の可愛いBECKのレコードを誰かへのお土産に買った。
2026.3.10
ご著書もあるカウンセラーさんの事務所のアクセスが良かったのでものすごく思い悩んだ時に一度カウンセリングをしてもらったことがあって、またあの人に話したいなと思っていたら訃報を新聞で読んだ。
私が話した頃にはもう闘病されていた時期だったらしく、私に優しくしてくれた(プロとして)時には療養なさりながらお仕事を続けてくださっていた期間だったんだと知る。
私はプロに甘えて話したい放題に話し、「ものすごく困ったら話しに行けるんだ」とあの人へ話したいことを心の中で書いていた。
あのとき解放された私は、あの人の限られた時間を費やしてもらっていたんだ。
「限られてない時間」なんて、生きている人間には存在しないといえばしないのだけど。
楽になりたかった私の恥ずかしい事柄はどこか遠くの彼方に散っていった、何千人の人を救ったあの人の何千か分の一の悩み、私はずっとあの人への言葉を浮かべていて、書いて消してしていたけれど、訃報を読んで送り先が不明になった。あの人の時間をもらったあのときの言葉。
2026.3.10
人を信頼できることのありがたみ、言葉(気持ち)が通じることのありがたみ

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2026.3.1
疲れちゃったからホテルの近くの飲み屋で1人で飲んだ、シャチが好きな人の話を聞いて、私は美術館が好きでと言った。美術館では近づいたり離れたりして「油彩のテクスチャがいいですね」と言えばバッチリ、と言い、世界のどこかにあるシャチの多頭飼育の水族館のことを教えてもらった。
彼女が米津玄師とSnowManに合わせて踊る姿はキュートで、お店の人が作ってくれたパスタの菜の花と平打ちのパスタがとても美味しかった。
シャチが好きな彼女はジャグリングをしているらしい。ジャグリングをする人と、大晦日から元旦にかけて山手線を5周した人。
ジェフ・クーンズとサラ・モリスの作品でポップなアメリカを眺めていたけれど、朝刊を読んで夜になる間にアメリカと中東が大変なことになっていた。
アメリカのポップをのんきに眺められる日々の終わりがくるとして、こんな形なのか、もっと劇的なことが起きるんだろうか?劇的な、というのは、巻き込まれるということ?今はまだ巻き込まれていない?
中之島の川沿いの弱々しい桜の木は少しだけ開花があった。
大阪の繁華街の女の子と歌舞伎町の女の子は少し違う、違う可愛らしさ。大阪の方が東京より少しだけ陽が長い。
2026.3.1
今までに出会って別れて嫌な思いをした人のことを全部忘れられたらいいのにと思う
今好きな人の面影を探せたらいいのに
美術や映画や音楽は思いを寄せ放題で優しい
そこにずっといて