“今から百年ほど前のある日,一人の少女が『ニューヨーク・サン』という新聞に手紙を書きました。少女の手紙に新聞社は社説で答えました。『ニューヨーク・サン』はやがて別の新聞社に吸収されてしまいましたが,副編集委員だったフランシス・チャーチが書いたこの社説は名高く,クリスマスが近くなるとしばしば引用されます。 こんにちは。 私は8さいです。サンタクロースなんかいないなんて言う友だちがいます。『サン』に書いてあることならほんとうのことだといつもパパが言っています。ほんとうのことを 教えてください。サンタクロースはいるのですか。 ヴァージニア・オハンロン 西85番通り122 ヴァージニア,君の友達はまちがっていないよ。サンタクロースがいるなんて言う人たちは,こどもはいつまでも無垢だと思いたいだけなんだ。そんな人は自分で努力したり,働いたりするのでなく,誰かがおくりものを持ってきてくれるのを,ただ待っているだけのなまけものなのだ。 そうだよ,ヴァージニア,サンタクロースなんていないんだよ。愛も,思いやりも,ひたむきな心も,サンタクロースがくれたものなんかじゃない。人がみんな生まれながらにして持っているものなのだ。おいしいスープも,あたたかいベッドも,サンタクロースがくれたものじゃない。ヴァージニアのパパやママが,いっしょうけんめいはたらいて手に入れたものだね。世の中の人たちがはたらくことをやめて,サンタクロースがたべものをもってくるのをただ待っているようになったらどうだろう。きっとみんな飢えと寒さで死んでしまうにちがいない。 サンタクロースを信じるって! 悪魔も信じるのかな。パパに頼んで人を雇ってもらい,クリスマスのイブ,あちこちの煙突を見張ってもらってごらん。きっとサンタクロースが煙突を降りてくるところなんか見られないだろう。ありもしないサンタクロースがいると言い張るのはみっともないね。なにより,いるかいないかわからないサンタクロースを待って人生を無駄にすごしてしまうなんて,さびしいじゃないか。 もしかしたら,クリスマスの夜,まくらもとにそっとおもちゃが置かれているかもしれない。それはパパとママがデパートで買ってきてくれたものだ。でもヴァージニア,いいかね,それを知っていることを気づかれてはいけないよ。おとなの前ではサンタクロースを信じているふりをして,喜ばせてあげよう。でも,ほんとうのしあわせはサンタクロースがもってきてくれるのではなくて,自分でつかむものであることを忘れてはいけないよ。 サンタクロースがいないとさびしいって! とんでもない。いっしょうけんめい努力して,たくさんのしあわせを自分の手でつかむんだ。そして,それをみんなにわけてあげよう。そのときこそ,ヴァージニア,サンタクロースは本当にいる,と胸を張って言えるときだ。でもそのサンタクロースは北の方からそりにのってくるおじいさんじゃない。きみ自身がサンタクロースなのだよ。”
— No, Virginia ! (via dominion525) (via uessai-text) (via adorechic) (via orgask)






















