“音楽の二極化 阿久悠 柳の下のドジョウは、まあ3匹まではいいと思うんですよ。そして、10匹まではなんとか儲けになる。でも、11匹目をやった奴は恥をかくのに、今はそこまでやっている。テレビにしても、他局でやっていたことを司会だけ替えて新番組にしてみたり。 近田春夫 ただ、テレビは「枠を埋めなくちゃ」とか「視聴率を稼がなくちゃ」とか、仕事だからしょうがなくという感じが伝わってくるからまだ理解できるんです。でも、音楽はしょうがなくやっているように見えない。イキイキとしながら三番煎じまで平気でやっているからわからないんです。誰かと似た曲を延々作っている人は、金儲けが好きなだけで、本当は音楽が好きじゃないんだと思ったりしますよね。ちょっと欲が深くなっちゃったんじゃないですか。 阿久 今はレコード会社が外国資本のところが多くなってきたこともあって、単年度でもきちんと黒字を出す、ということが徹底されているんですよ。だから、「今儲からないけど、次のためにやっておかなきゃ」というものはもう絶対作れなくなってしまった。 近田 だから今は変な曲は少なくなりましたよね、昔はどうしてこんな曲があるんだっていうのがありましたもんね(笑)。だけどあれは後の時代になると、「楽しい時代があったんだな」っていう素晴らしい思い出として残るわけですよ。 阿久 それなりの必死さが伝わってきて、笑える部分があるんですけどね。 メジャーリーグでは100億円かけて4番バッターばかり集めてくれば1年で優勝しちゃったりするわけですよね。そうすると次の年は赤字になってしまうから、今度は選手たちをトレードで売り払ってしまう。もしかしたら今のレコード会社の状況も同じで、出せば200万枚は確実の歌手を、どうやって一回レコーディングさせるかっていう競争になっているのではと思ったりします。すると、何が作れるか、何を歌うかっていうのがほとんど無意味になってくるという怖さみたいなものがありますよね。 ―だとすると10年か20年後に今を回顧してみると不毛な時代だったということになるんでしょうか。 近田 今はとにかく自ら加速度をつけちゃってるよね。たとえばLUNA SEAは数カ月の間にガンガン新曲をリリースする。つまり人気のある時にはぱっと利益を取っちゃうという「超自転車操業化」がますますすすんでいる。それを一旦やり始めたら、ちょっとリリース間隔が空いただけで、パワーが落ちたと思われるでしょ。こういうことがどの方面にどういう影響を与えるのか、いいのか悪いのかはわかんないけれど、もうちょっとしたら結果が出てくる気がする。 ―それは普通のエコノミーの感覚と一緒で、どっかでクラッシュするっていう感じがしますよね。 近田 僕が一つ思うのは、最終的には音楽はタダになるんじゃないかということ。音楽がそんなにイメージ先行の効果があるなら、どこかの企業が商売の材料に使うようになるよね。若者に一番人気のある作曲家と作詞家とシンガーで、絶対支持される曲を作って、たとえば石油会社だとすると、ガソリン入れるとタダでもらえるようにする。一社が成功すればあっという間に広がって、CD買う人なんていなくなっちゃいますよ。作り手もその方がお金をいっぱいもらえるようになるだろうし。 ―商品じゃなくてグリコのおまけみたいになると。でもそうなると音楽は面白くなくなってしまいますよね。 近田 いや、そうなってもそれなりに面白さはあると思うんです。本当に好きな人たちが楽しんで作った音楽と、企業の販売促進ツールとしての音楽という二極化が進むと、それはそれで想像がつかない面白味があると思うんですけど。 ―ああ、それなら今よりすっきりしたものになるかもしれませんね。 阿久 一人一人が、この曲のここがいいとか、ここが好きだとか、選り分けをする能力が聴く人の中にあれば、どういう形になってもいいような気はします、今よりはね。 特に、二十歳代、三十歳代の人が、若い子に媚びるんじゃなく、自分で物を選べるようになれば、音楽の質も、小説や映画の質も本当に変わると思うんですよ。”
— 近田春夫『考えるヒット2』文春文庫、2001年 (via shbttsy74)

















