今回は、これまでずっと書きたいと思っていたPCSについての考察を記事にしたいと思います。
実は、ソチオリンピック直後に一度まとめていたのですが、出すタイミングを失い、そのままになっていたものを焼き直しただけです…
なぜ、今かと言われると、タイミングとしての明確な理由はないのですが、私が以前に「PCSは選手の格付けだ」と発言したことに言及してくださった方がいて、ちょっとうれしくなったことがきっかけです。
さて、本題です。
現行の採点システムが始まった時、私はPSCについてかなり肯定的でした。
これまで芸術点として、わかりにくい基準で採点されていたものが、細分化され、より選手の特徴を明らかにしてくれると思ったからです。
Skating Skills(スケート技術)
Transition/Linking Footwork(要素のつなぎ)
Performance/Execution(動作/身のこなし)
Choreography/Composition(振り付け/構成)
Interpretation(曲の解釈)
特に、スケート技術という、単なる芸術性とは一線を画す項目が加わっている点も斬新でした。1990年以前には、コンパルソリーというスケートの基礎的な技術をみる規定演技が競技にありましたが、それを思い起こさせる、(私にとっては)きらりと光る項目でした。
しかし、ふたを開けてみると、細分化は有名無実化されており、単なる「相場点」に堕していたのです。
どの選手も「つなぎ」の評価が一番低く、「曲の解釈」は点が出やすい傾向にありますが、その差は微々たるものです。
それを端的に示すには、各選手のPCS項目の点数をレーダーグラフにするとわかりやすい、というか、一目瞭然になります。
ソチオリンピックのデータをお示ししましょう。
まずは、浅田選手とソチ五輪のメダリストたちのグラフです。
ごらんのとおり、形がほとんど同じです。コストナー選手だけはやや歪んでいますが、遠目ではあまりわかりません。
トップの選手たちは、すべての項目で高いレベルを達成している、そうとらえられるかもしれません。なにせ、メダリストと浅田選手ですから・・・
しかし、必ずしもそうでないことは他の選手を見れば明らかです。
やっぱり同じ形です。形に個性が全く見えません。
二人とも、やっぱりトップ選手じゃないか、とお叱りを受けるかもしれません。
ダメ押しに、五輪女子FSで最もPCSの低かったウコロワ選手のグラフを見ましょう。
やっぱり小さいだけで同じ形。というか全員、ほぼ正五角形です。
分度器を使わずに目盛のない定規だけで正五角形を書きなさい、と言われたら、ほとんどの人はこれよりいびつな形を書くことでしょう。
これでは細分化した意味がまるでありません。
PCS、とまとめて点数をつけるだけで事足りるではありませんか。
さらに言えば、項目ごとの意味づけが全く機能していません。
リプニツカヤ選手の2013のGPFと五輪のグラフを比べてみましょう。
同じ形が大きくなっただけです。
「スケート技術」が短期間に上達したのは若さということにしましょう。
「つなぎ」や「身のこなし」も確かにうまくなりました。
しかし、同じ「振り付け」なのに、なぜ大幅アップしたのでしょうか?
「曲の解釈」がものすごく成熟したのでしょうか?
どう好意的に解釈しても、同じシーズンの同じプログラムの評価とは思えません。
しかも、GPFは転倒なしのクリーンな滑りに対し、五輪では転倒・お手付きありです…
これが、わたしがPCSは選手の「格づけ」でしかない、と断ずるゆえんであります。GPFで浅田選手に次いで2位に入ったことにより、リプニツカヤ選手の格が上がり、さらにホームアドバンテージもあって、団体で活躍したことがこれだけのインフレーションにつながったのです。
この細分化は、確かに選手の演技に対する意識を変えました。「つなぎ」が採点されることにより、技と技のつなぎが本当に見ていて面白くなりましたし、より音楽とシンクロする演技が多くなってきたことは確かだと思います。
しかし、ここまで細分化が有名無実化されていては、6.0時代との違いは、60段階評価(0.1刻みの6.0満点)か40段階評価(0.25刻みの10.0満点)かの違いだけです。
当初は満点が上がったことで、より上位選手に差をつけやすくなっていましたが、ソチオリンピックですでに男女ともPCSは飽和してしまっており、そのメリットももはやありません。
ソチオリンピックシーズン以降は、PCSがよりその場の演技の出来栄えに連動するようになり、特に今シーズンはその傾向が顕著だと思います。そのこと自体は評価できますが(というか、上限が飽和してしまったので、そうせざるを得なくなっただけとも言えます)、そのことで、より細分化の意味というか、本来意図していたこととずれてしまっていると思います。
TESがその場の出来栄えをダイレクトに反映するものなら、PCSはむしろ「変わらないもの」を評価する項目だったはずです。
例えば、よほど若くない限り、「スケート技術」がシーズン中に劇的に向上することは考えにくいでしょうし、ジャンプで失敗したからと言って、コンパルソリー的な技術が悪かったというわけではないからです。
「身のこなし」や「つなぎ」はある程度出来栄えに連動するでしょうが、同じプログラムで「振り付け」や「曲の解釈」がジャンプの出来栄えに連動するのもおかしいでしょう。もちろん、ジャンプの失敗によって体力と気力が奪われ、パフォーマンスがガタ落ちしてしまった場合は別ですが…
現状のPCSは「格付け(上限)」と「出来栄え点」のハイブリッドとなっていると思います。
例えば、パトリック・チャンはノーミスなら10.0をつけてもよい選手で、羽生選手の上限は9.5といった具合にジャッジのコンセンサスがあり、出来栄えによって減点している、そんな風に見えます。もう、細分化の意味はほとんどありません…
いっそのこと、「Skating Skills(=格付け)」と「Performance(=全体的な出来栄え)」だけにしてしまった方がわかりやすいでしょう。
しかし、格付けがあからさまだと、要は「実績点」を持ち込んでいるのと同じことになり、競技の公平性に問題が生じます。下克上が起きにくいシステムとも言えます。これはこれで問題アリです。それに、これでは現状の大雑把な採点を追認するだけの行為です。
それよりは、「スケート技術(20%)」、「つなぎ(20%)」、「芸術点(60%)」に集約して、TESとPCSのジャッジを別にすればもう少し細分化に意味のある採点ができるかもしれません、が、それでもあまり変わらないでしょうね…
レーダーグラフを見ればどの選手のものかある程度分かるくらいだと面白いと思うのですが、何かいいアイディアはないものか…(笑)
とにかく、PCSほど不可解なシステムはありません。
何とかこの不可解さを理解しようとあがいた結果が、「格付け」という結論でした。異論、反論いろいろあるでしょうが、一つの解釈として面白がっていただければ幸いです。
ー スコッチを片手に/PCSという不可解な現象 2015/11/03 00:56 Sportsnavi+