いっちに
駅のエレベーターで、見知らぬおばあさんが ー蒸しますねぇ。 と、声をかけてきた。 ー暑いですねぇ。 と、返す。熱射病に気をつけて、と言いかけたところで、おばあさんは ーどうも と言って、降りていってしまった。 エレベーターに1人残った私は何だか懐かしい気持ちになって、あぁ、そうか。おばあちゃんのテンポか。と思い出す。 知らない人にでも、話しかける。笑顔で会釈する。 ふと、麦茶の香りが蘇る。 夏の暑い日にうちに帰ると、おばあちゃんがベッドに座ってテレビを見ていて、脇のテーブルには氷と麦茶が入ったグラスがたくさん汗をかいてのっている。 ーあら、ゆかちゃん、お帰りなさい。暑かったでしょう。ほら、ここが涼しいから と、いってベッド脇のイスを指す。私は自分の麦茶も用意して、戸棚からお茶菓子も見つけ出し、そこに座って、笑点やらお相撲やら、午後のロードショーやらを見る。おばあちゃんは学校がどうだったかも聞かないし、別に何か話すでもなくて、それがとても心地良い。時々思い立ったように、リハビリで習った足の体操を始めて、短い足と小さなベージュの靴下に包まれたつま先が「いっちに」という軽快な掛け声とともに上下する。私も参加してみる。 麦茶の氷が溶けてカランという音を立てる。
あぁ、おばあちゃんはせっかちで旅行好きだから、前乗りでお盆に帰ってきたのかもしれない。
時々、おばあちゃんがいないことが当たり前になった生活がとても悲しくて、息が苦しくなる。 そんな時は、いっちにと言って足の体操をしてみようと思う。














