サンセットアワーを嗅いだら、香水界の20年後の同窓会が始まった
Goldfield & Banksのサンセットアワーを嗅いでみた。
くん、と嗅いで、もうひと嗅ぎしたところで、イビザヒッピーというキーワードを思い出した。エスカーダのイビザヒッピー。懐かしい名前だ。今はもうない。
私はイビザヒッピーを持っていたわけではない。当時、高校生だった私は、たぶん雑誌か店頭ポスターで広告を見かけたのだと思う。学校もなく、仕事もないらしいどこか外国のパーティの匂いがしそうだと感じた。パーティなんて何をするところなのかも分からなかったし、香水というものをどう使うのかもよく知らなかった。女子校の女子高生だった私にとって、「モテ」という文字は共学の女子高生の辞書にのみ存在していた。
それでも香りは覚えている。どこで嗅いだのかは思い出せない。店頭だったのか、誰かが持っていたのか、それとも別の何かだったのか。記憶は曖昧だ。ただ、サンセットアワーを嗅いだ瞬間にイビザヒッピーが出てきたのだから、どこかで嗅いでいるはずである。
成分表を見比べてみる。
ピーチ。ペアー。サンダルウッド。
たしかに共通点はいくつかある。なるほど、それで思い出したのかもしれない。そう思ったのだが、どうも腑に落ちなかった。
私はピーチを思い出したのだろうか。ペアーを思い出したのだろうか。どうも違う気がした。
そこで、私はAIに話しかけてみた。しばらくだべっているうちに、私たちは変な結論にたどり着いた。
これは香水界の20年後の同窓会なのだ。
もちろん意味は分からない。
香料に卒業アルバムがあるとも思えないし、そもそも香水界とは何なのかも説明できない。しかし一旦決めつけてしまうと、辻褄が合ってきた。
イビザヒッピーの中にいたピーチとペアーとサンダルウッドが20年ぶりに再会している。
「あ、お前まだいたのか」
「変わらんな」
「いや、お前こそ」
そんな会話をしている。
そこへカシュメランやソルティーキャラメルといった新顔もやってくる。
誰だお前。
同窓会には必ずそういう人がいる。
私は香水の感想を書こうとしていたはずなのだが、気づけば参加者名簿を作り始めていた。
では会場はどこなのだろう。
香水の中ってどこだよ、という話だが、私はイビザ島だと思う。2003年に始まったパーティが終わらないまま続いているイビザ島だ。
そう考えたところで、ふと当時の広告を探してみた。たぶんこれだと思うものが見つかった。ヘソ出しファッションのモデルが大きく写っている。ところが私は当時からあの広告があまり好きではなかった。
イビザヒッピーという名前なのだから、イビザ島の写真を見せてほしかった。パーティの様子でもよかった。なぜモデルなんだろう、と高校生の私は思っていた。素直にモデルを見ればいいものだが、私は島を見たかった。そのことを思い出して、納得した。
サンセットアワーを嗅いたときに私が思い出したのも、やはり人ではなかったからだ。景色であり、空気であり、時間帯だった。イビザヒッピーは昼だった。太陽は高く、全員元気で、パーティは始まったばかりだった。
一方でサンセットアワーは夕方だった。まだ音楽は鳴っている。まだ人もいる。でもよく見ると、少し疲れている人も混じり始めている。帰りのことを考え始めている人もいるかもしれない。楽しい時間には終わりがあることを、誰かがうっすら思い出し始めている。私はその空気を嗅いだのだと思う。
面白いことに、イビザヒッピーを思い出した瞬間に戻ってきたのは香水だけではなかった。女子校に通っていた頃の自分。まだiPhoneのない世界。カラフルスケルトンだったiMac。鑑賞用としてのファッション雑誌。店頭ポスター。そういったものまで一緒に出てきた。
同窓会という比喩は案外間違っていなかったのかもしれない。戻ってきたのはイビザヒッピーだけではなかったからだ。そして書いているうちにもう一つ、巨大な記憶のモヤの中からそれは浮かんできた。
池袋のサンシャイン通りである。店先に商品が並んでいる。歩道まで迫り出した商品棚に、香水の箱が所狭しとひしめき合っている。空箱だと思う。小さな付箋のような試香紙にのった香水の香り。マツモトキヨシの店頭だったかもしれない。
もちろん確信はない。記憶というのはそういうものだ。肝心なことは忘れるくせに、どうでもいいことだけ残っている。ただ、その名前を思い出した瞬間、肩の力が抜けた。なんだ、やられたなと思った。
サンシャイン通り。
私はずっとイビザ島の話をしていたつもりだった。
そういえばイビザヒッピーも昼の香水だった。太陽は高く、パーティは始まったばかりだった。一方で私が今、嗅いでいるのはサンセットアワーである。夕方だ。
同じ島なのに時間だけが経っている。
もし本当に入口がサンシャイン通りだったのだとしたら、私は高校生の頃に昼のイビザ島へ入り、20年後になって夕方のイビザ島へ戻ってきたことになる。少し出来すぎていやしないだろうか。でも記憶というのは、そういうものなのかもしれない。『猫はうれしかったことしか覚えていない』という本があって、猫はいいなあと思ったものだが、「私とてすきなことしか思い出さない」のだ。
私はイビザヒッピーの香りを思い出したのだと思っていた。でも本当は違ったのかもしれない。思い出したのは2003年そのものだったのだ。だからサンセットアワーを嗅いたとき、イビザヒッピーが戻ってきたのではなかった。女子高生だった私や、まだスマートフォンのない世界や、あの頃の、今より少し乾いた夏のサンシャイン通りの空気までまとめて戻ってきたのだった。
香水界の20年後の同窓会だと思っていたが、参加者名簿をよく見たら自分の名前も載っていたらしい。









