東のエデン
観た。
正直なところ私は私たちが生きている以前の時代のことなんて知らない。
団塊の世代?バブル期?わたしにはそんなのピンとこないよ。
9.11だってよくわからない。震災も、テロ活動も、私にとっては全く関係のない出来事。そういったことをテレビの中で見ただけの諸君にだって、きっと当人たちの気持ちなんて分からないでしょう?
ただ思うのは、生きていればなんとかなるってこと。私はどうなったとしても、私の業と共に生きなきゃいけないんだと思う。この人たちに何が必要なのかなんて知らないけど、私が考えて送るってことが大切なんじゃない?だって私が見てる世界は私のものでしかないんだから。
世界はたしかに広いけど、私が生きる範囲を拡げるために視野は広く持つべきだ。誰かが何を語ったとしても、私が関与できるものは私が知っている範囲でしか起こらない。んー、なんていうか、私は私以外を自分の中身って思う気持ちが足りないのかも。だから、相手のことを考えられないのかもしれないね。それから、自分に対しての誤魔化しをよくしているから、謝ることが苦手なんだ。自分の行動をまずは理解しないと、責任を取ることはできない。どうしてダメなのか。なにがダメだったのか。自分の行動がどんな意味を持つのか。誤魔化しを当たり前のことにするなんて、「高林遥」らしくない。
大分話がそれてしまった。
東のエデンのような信じられる仲間が私にもほしい。私に仲間なんているんだろうか。誤魔化している相手しかいない気がする。インスタやsnsはその誤魔化を公開するための最たる道具だ。悪いところまで見せられる友人なんて、わたしにはいない。わたしはわたし自身の悪いところを認められない。だから相手のことも受け入れられない。今のわたしは、このままだとずっと一人だ。













