大まかにいうと細かい担当部署が変わりやる事も増え以前にも増して多忙になったという事である。
月に2回会う。その生活は、このまま何年も続くものだと思っていた。もちろん4月から忙しくなることは聞いていた。
「しばらく会えなくなるかもしれないね。」そう言われた時も、「そうなんだ。」くらいにしか思わなかった。
人は、本当に困るまでは、自分のことだと思えないらしい。
実際にいつ会えるか分からない状況が続き、連絡の頻度も落ちるととても苦しい、発狂しそうになるのを何とか酒で宥め心の底に押し込む日々だった。それに追い打ちをかけるように職場で大きなゴタゴタに巻き込まれて新卒ぶりに職場で泣き崩れる案件が発生。そして2人のババアに攻撃されメンタルが限界を迎えていた。辛いのに彼も忙しいし迷惑をかけたくないから話せず、同世代の友達は皆結婚、子育てしており生きるステージがまず違う。気軽に話せる友達もいない。詰み詰み詰み〜〜〜♪という感じで休みの日もひたすらネガティブ思考ループでベッドから起き上がれなかった。
ネガティブ思考に囚われ気が狂いそうになっている時ふと私は思った。
思考というものは、長時間放置すると宗教に似た何かへ変化するらしい。
頭の中で"神そんなにイジワルしないで、私何かしましたか???”と逆ギレの時もあれば、"もうご勘弁を…”と完全降伏の時もあり辛い時はすぐに神様をおろして会話していた。
何かあるたび申し訳ない気持ちも湧かず軽率に神を呼んでおり、今思えば何だこいつもっと苦しめてやろうか?と神も思ったと思う。でも私も限界だったのね。今なら言えます、よくやったよ、あんた。あんたが大将。神、ごめん⭐︎
そんな中彼から、誕生日の前日と当日は休みが取れたよと連絡があり涙が止まらないほど嬉しく知らせを知った夜は5キロ歩いた。
久々に会った彼は、当直明けだからか日が暮れた屋外でも分かるくらい顔色が悪かった。
誕生日だ、焼肉だ、と浮かれていた数日前の自分に、「今日はテンションを少し下げて来てください」とだけ伝えたくなった。
正直、あ、これは誕生日どころではないな。と心配が勝った。本当は彼女の誕生日だろうと休んでいるどころではない事もひしひしと感じ申し訳なくなった。それでも私の事を思って誕生日の日に休みを取り焼肉屋を予約して一緒に寝てくれる。夜中にふと目が覚めたら真っ暗な中でもぐーぐーといびきをかいて寝ている彼がいた。すごく愛おしくなった。少し顔を撫でてみたけどびくともせず朝まで寝ていた。
朝になり、ちょっと仕事があると徒歩数分の職場へ行き数時間家を空けた。彼の家に私1人でベッドの中で「わかったよ。」といい送り出した。彼が昨夜作ったブイヤベースがあり残りがあるから温めて食べてねと言われて起きて食べた。
誕生日を迎えて初めて食べた料理が彼の作ったブイヤベースだった。とても幸せだった。食べていてふと私にできる事は何か?と考え、おせっかいババアになりたくないな、余計なお世話かなと葛藤しつつも掃除機をかけた。彼には「家のホコリで咳が止まらなかった。」我ながら苦しい言い訳だった。掃除をしたかっただけだ、と言ってしまえばいいのに、大人になると親切にも言い訳が必要になるらしい。
大人ってムズイ、恋人ってムズイ。素直になれたらいいのに。好き。
仕事を終え彼が帰って来たらイタリアンへ出かけ美味しいパスタとワインを食べた。その日はとても暑く歩くのが辛かったのでバスに乗ってまた彼の家に戻ろうとした。そこで事件は起きた。
バスを降りてから日傘をバスに置き忘れたことに気づいてとても悲しくなった。
すると彼が「新しい日傘買いにいこう!」と言ってくれて実際に買ってくれた。ハッピー!!!一生使う!!!ラブ!!!!!大好き!!!!
日傘は今も使っている。大活躍。使うたびにあの日のことを思い出す。
私はずっと「もっと会えたら。」「もっとLINEが来たら。」ばかり考えていた。
でも振り返ると覚えているのは、ブイヤベースの味だったり、会えた時の顔色の悪さだったり、いびきだったり、会った時にしか言わない好きや可愛いだったりする。
恋愛というものは、大きな「好き」だけでできているわけじゃないらしい。
「新しい日傘買いに行こう。」と当たり前みたいに言ってくれたこと。そんな小さな出来事の積み重ねだった。
でもあの日のブイヤベースと日傘を思い出すと、「まあ、なんとかなるか。」と少しだけ思える。