願わくば睡蓮のように
先週は最後の最後までずっと忙しかったので、甲羅に身を沈めた亀のように体を休めていました。
自分を取り戻すプロセスとして、瞑想をしたりします。煩悩だらけの人間なので頭を空っぽには出来ず、目をつぶったらまず、自分が花になる想像をして、イメージを膨らませていきます。
自分を花にたとえるなら、誕生花である睡蓮。薔薇やユリとは一味違う、華やかさも知性もおおらかさも、全て兼ね備えているのが睡蓮。そういえば、お釈迦様の傍らで、極楽に咲いているのも、睡蓮。
完璧な人間でないからこそ、完璧な見地に立つことで、今まで見えなかったものが見えてくることもあります。
睡蓮は豊かな水に身を委ね、美しく咲いています。支えてくれる水は、家族や仲間と置き換えると、わかりやすいですね。環境からたくさんの学びや愛をうけとり、水面にたたずむ睡蓮は、私そのもの……。
周りから守られていることを忘れず、明日からも頑張りたいです。


















