もうすぐ、あの胸が締めつけられるような「1989年6月4日」の記念日がやってきます。
1989年5月、私は希望と幻想に満ちた日々を過ごしていました。中国にも自由と民主主義が実現するのではないかと、心から期待していたのです。 しかし、その期待は6月4日に打ち砕かれました。
その後、私は長い苦悩と葛藤の末に、人生における大きな決断を下しました。 「どんなことがあっても国境を越え、自由と民主主義のある国で生きていこう」 当時の第一希望は、もちろん自由民主主義の灯台ともいえるアメリカ合衆国でした。
アメリカへ行くために、まず乗り越えなければならなかったのが言葉の壁です。私は英語の勉強に没頭しました。 今振り返っても、その熱中ぶりは異常だったと思います。 春節の時期、家族全員が居間に集まり、新春特番を楽しんでいる中、私だけは自分の小さな部屋にこもり、ひたすら英語を勉強していました。 しかし、運命は私をアメリカへ導きませんでした。 さまざまな縁が重なり、私がたどり着いたのは日本でした。そして私は日本に帰化し、日本国籍を取得することになります。 最近、アメリカの政治ニュースを見るたびに、「運命が私を日本へ導いてくれて本当に良かった」と感じることがあります。
Simple and Elegant : 賞月観星




















