先日飲みながら、あるコンテンポラリーアーティストとお話をしていて、昨今のちょっとヒステリックなくらい失敗に敏感な日本社会はなんかつまんないよねという話をした。
厳密に言えば僕がつまんないと思うのは、テレビや週刊誌のようなメディアの昨今の報道の内容ややり方だ。が、仮にそういったいわゆるマスメディアが世相というか人々の気分を反映したものだとするならば「日本社会は〜」と言っても差し支えないのかもしれない。いずれにせよ、そういった風潮はますますみんなを萎縮させるばかりで、だったら何もしないほうがいいという「事なかれ主義」になるのは必定だ。
そしてそれは社会全体にとって良いこととは決して僕は思えない。
そんな話から始まって、二人の会話は最終的には「失敗すること自体は全然悪いことでも恥ずかしいことでも何でもなくて、大事なのは、失敗から学んだ改善そのもののほうだよね」という至極当然の結論に行き着いた。しかし、その至極当然なことが、至極当然だというふうに多くの人々に思われていないのはなぜだろう?という話がまた起こり、ここ何十年かの日本人には「失敗をしてはいけない」と教えられて育った人たちが多いからなんじゃないか、という仮説に話は展開した。
そこから「失敗を恐れて失敗しないようにさせるのではなく、失敗からいかに立ち上がれるかを見せていく(まず自分たちがコケても何度でも立ち上がって挑戦していく姿を実際に見せる)ことで、後進の人たちに『ああ失敗してもいいんだな』『失敗そのものよりどう立ち直るのかのほうが大事なんだな』ということに気づいてもらい、自分で立ち上がり方を考えてもらうことが大事だよね」という結論に至った。
以前「自分ができることしかやらない人は、決して失敗することはない。失敗をしていないというのは、自分の能力を超える課題に挑戦していないことの証拠でもある。」
http://www.nikkei.com/article/DGXKZO98615800Y6A310C1X12000/
という記事を投稿したが、これらを合成すると次のような結論に至る。
①自分の能力を超える課題に挑戦すべし ②当然、幾多の失敗をするだろうが恐れる必要はなし ③失敗からどう立ち上がっていくかが一番重要 ④世界を良い方向へ変えることの価値は成功/失敗の彼岸にある
下記の記事にあるように、ムヒカ氏は「自分自身の心の中にあるもののために戦え」とおっしゃっておられたようだが、上記のような話をしていた僕の現在の気持ちからしてすごくしっくりくる。
世界にはたくさんの問題がある。 悲しいことがたくさん起こっている。
他でもない僕自身が、誰よりも率先して、 失敗を恐れず、他者のそしりを恐れず、 自分の内なる声を聞いて闘おう。
世界を少しでも良い方向へ変えるために。
http://netallica.yahoo.co.jp/news/20160408-01336238-lifehac












