Dick Denney の Tone Bender
ギターの人たちの歪みモノに対する思い入れ、というのも、自分も30年くらい前までは完全無欠の “小僧” をやってましたので、それは良く分かります。言ってみれば、歪みの質こそが自分のアイデンティティーの全てである、くらいの勢いで、歪みの音に執着してしまう訳です。ただ、60年以上人間をやって入れば、自分がスペシャルではないということをこれでもかというくらいに思い知らされますので、もはや歪みの質程度のことで自分がスペシャルになれると思っていられるはずもなく。
今となっては、歪みのペダルは何でもいいよ、とまでは言いませんが、ある程度の物なら「大体一緒」という感覚だったりします。Centaur であろうと、原音を混ぜてヘッドルームを増やす改造をしてバッファを Centaur の物にした OD-880 も、自分の中では「大体一緒」です。
もっとも、自分が歪みペダルにそんなに情熱を傾けられなくなったのは、己の凡庸さと向き合えるようになった、というだけでもないのかもしれません。やはりギターのお友達の思い入れの先が、自分の見ているものとはだいぶ違うのも、あった気はします。
ギター小僧の世界では、80年代の巨大なラックシステムの一大トレンドが廃れた90年代半ば、突如としてスモールアンプにプリアンプ的な役割の歪みペダル的なトレンドが押し寄せたと思います。Fulltone、Landgraff、Crowther Audio、Klon などの当時の新興勢力ペダルの作る音は、90年代に立ち上がった、70s や 80s のロックとは全く軸の異なる新たなジャンルのギター・トーンの担い手として、ギタリストたちに大いに歓迎されたでしょう。
俺たちが新しい地平を見届けるのだ、という当時のギタリストたちの野望の一方、何故か90年代のギターアンプは妙にふん詰まった感じだったり、ジャリっと言わない篭った音だったりの物が多く、ギタリストたちの間ではギターアンプの音を補強できるプリアンプ・ブースター的なペダルの需要も、かなりあったと言えます。
例えば Hot Cake などは、そのオルタナ・ロック的な新興勢力としてのトーン・キャラクターを作れること、物足りない音のギターアンプの補強用途として、かなり普及していたと思います。ギターソロを弾かないラウドなギターバンドやコードの響きをバンドの中で立たせたい的な所で、Hot Cake は輝いていたでしょう。
そんなプリアンプ・ブースター的な需要の中、ゲルマニウムトランジスタのファズ、というのも、一つのペダルブースター的な選択肢として浮かび上がってきます。当時の60年代サイケデリックのリバイバル的な流れもあり、やがてファズはゲルマでなければ偽物!というような状況も、一部で生まれていた感じでしたでしょうか。ただ、そのゲルマ信仰的に支持されるペダルなんかを実際に試してみると、何がゲルマなのか分かりません・・というような音が鳴っているという。
そのペダルに、ブチブチノイズの乗った不安定な動作を使いこなしていく 60s~70s 的なスタイルを期待すると、これ別にシリコンでも良くね?と感じてしまう程度には、自分はその頃既にギターに関しては冷めていたのかもしれません。この謎のゲルマ信仰に盛り上がるギターマニア界隈に付いていくのが、自分はしんどくなっていたのだと思います。
そんな折、VOX AC30 の設計で有名な Dick Denney が製作した Colorsound Tone Bender が登場します。世界中の小僧が「ファズはゲルマ!ゲルマ!」と目尻を釣り上げまくっていたそのタイミングで、わざわざオペアンプ/IC回路の Tone Bender を出してきたのです。しかも見た目はまんま、70s MK III そのもので。
Denney は、「回路の正統性」より実際の「音の振る舞い方」を重視するエンジニアとしても知られています。その Denney が、あえて「偽物だ!」と言われるに決まっているシリコンですらもない、オペアンプの Tone Bender を作ったのは、これは彼なりのメッセージなのだと、自分は受け止めたのでしょう。ゲルマ、ゲルマと喧しい、その同調圧力にうんざりしていた自分は、このオペアンプ Tone Bender を、吸い寄せられるように買ってしまうのでした。
買った当時のオペアンプ Tone Bender は、確かに音は硬かったと思います。トーンを開けばチリチリ言い過ぎな音になってしまい、絞れば倍音感の薄い音になってしまい、即、良い音とは言えませんでした。ただ、自分はこれなら「馴染んだら使えるのでは?」と思って買ったのを、今でも覚えています。当時から、これは Tone Bender としての音の振る舞い方をしている、と自分は思っていたのです。
あれから30年の月日が経ちました。そして、この Tone Bender からは、なんと見事なヴィンテージ・トーンが鳴っているではありませんか。もちろん、MK1、MK2 とかの音とは別の音ですが、MK3 以降のヴィンテージ Tone Bender としてなら何ら遜色なく使える、とても表情豊かな音に育っていると言うしかありません。30年という時間はかかり過ぎな気もしますが、自分は賭けに勝ったのだ、という気分になれているのでした。










