Crime and Punishment [International creation between Taiwan and Japan]
original text : Fyodor Dostoyevsky conception / direction / scenography : Kouhei NARUMI
with 5 performers
lighting : Yuho Shimada (Lighting Staff Ten-Holes) sound : Mareki HIRAOKA (GENBA side) photograph : Lafun Photography
cooperation with Shakespeare’s Wild Sisters Group (Taiwan)
production : Dainanagekijo
creation : Mie center for the Arts (2016, Tsu), Tainan Cultural Center (2016, Tainan).
duration: 70 minutes, no interval
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罪と罰 [日台国際共同プロジェクト vol.1]
原作:ドストエフスキー 構成・演出・美術:鳴海康平
照明:島田雄峰(Lighting Staff Ten-Holes) 音響:平岡希樹(現場サイド) スチール:Lafun Photography
協力:Shakespeare’s Wild Sisters Group(台湾)
製作:第七劇場
初演:三重県文化会館(2016・津)、台南文化センター(2016・台南)
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よく言われることですが、ラスコーリニコフにとっての「罪と罰」とは何でしょうか。原作の結末でも彼は自分の殺人という行為に対して、改心も後悔もしていません。しかしこの小説には「罪と罰」というタイトルがつけられています。なぜなのでしょうか。原題に使われている「罪」と「罰」の言葉に宗教的な意味合いがあることは、この謎を解くひとつの鍵になるのは事実です。ただ、世界中でテロが頻発し、難民が溢れ、近代や資本主義がある種の壁にぶつかった現在、そしてそこで生きる私たちにとっては、また別の意味合いが色濃く映るように私には感じます。彼はひとの痛みがわからないだけではなく、自分の痛みや幸福すらもわからない、それどころか何に対しても心が動かないことを「自分でわかってしまっている」ことが苦しい。私にはそう思えてくるのです。今の時代において、これは決して特殊なことではないのかもしれません。改心も後悔もしなかった彼は、原作の最後にひとりの女性との間に愛を感じます。ドストエフスキーが最後に書いているように、物語はまたそこから始まるのでしょう。そして同時に、そこに至るまでも、長大で深遠な物語ともなりえるのでしょう。
言葉も文化も歴史も異なる日台の共同作業は、ひとつずつ隙間を確認し埋めていく作業が何よりも大切であり、薄い紙を一枚一枚重ねていくようなこの作業が、ある物語のはじまりに至るための、大切なもう一つの物語だと確信しています。このプロジェクトに関わったすべての友人に、協力や支援をしてくれた方々、劇場でこの物語に立ち会ってくださった方々に、心からの感謝を。そして台湾チームの親愛なる仲間たち、日本公演の主催として多大なる助力をくださった三重県文化会館に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
(初演時の演出ノートより)













