待ち合わせたその人が傘を持っていないことには、最初から気付いていた。今朝の天気予報が言っていた通りの時刻になって、雨がぽつぽつと降り始める。「傘、ささないの?」と私の小汚いビニール傘に目線を落とす。私一人が雨をしのぐわけにはいかない。相合傘をするほど気の置けない仲というわけでもないし、かと言って自分より4つか5つ上の男性に傘を貸すというのも不自然だ。アレキサンダーワンのレザーバッグが濡れないように、コートの下に押し込みながら、「傘って嫌いなんですよね、両手が塞がるし。」と訳の分からないことを口走った。残念ながら、そのアレキサンダーワンはショルダーバッグで、傘をさしたところで両手は塞がらない。地下鉄の入り口が見える頃には、だんだんと雨脚が強くなって、お互いのコートが濡れて色が変わり始めていた。
『愛され女子になれる10の法則』といういかにもな記事をぼんやりスクロールしながら読んでいた。(ぼんやりと、なんて言っちゃって。自分で検索したくせに。)「すこし薄着をして男性の上着を借りる」というどこかで聞いたような新鮮味のない情報ばかりだ。札幌駅付近の横断歩道ですれ違った女性を思い出した。氷点下20°という寒さの中、彼女はミニスカートに網タイツという出で立ちだった。ショート丈のコートについた、首のあたりの白いファーが全く防寒の役割を果たさない程度にふわふわと揺れて横切った。
男の子が「寒い?着る?」といって渡してくれる上着は、素直に受け取ってしまっていいのだろうか。「会計のときに財布をカバンから出さないのはNG」なのに、相手を寒空に晒しておくのは許されるらしい。だったら財布を取り出さないオンナも免罪でいいではないか。
何も言わずに肩にかけてくれる男の子は優しい。しかしそれはそれで心の準備が出来ずに戸惑う。肩にかけられた瞬間から返すタイミングを心配してしまう。ある程度身体が暖まったら返却すべきか、はたまた、駅の改札の手前まで着てしまっていてもいいのだろうか。結局、寒い日には見るからに暖かそうな厚手のジャケットを着るに限る。白いふわふわが付いていたあの子は、上着を貸して貰えたのだろうか。
白いふわふわには4段階のレベルがある。ダウンジャケットのフードについたふわふわ、レベル1。成人式の時の首に巻くのはレベル2。普段着に首回りにつけるファーとしてなら、レベル3。イヤーマフ、レベル4。レベル4の女の子は、言うまでもなく、寒い日は耳以外の防寒を意図的に怠ることができるタイプだ。
レベル4はきっと、「ポッキー食べる?」と差し出されたチョコの先端部を口でくわえて受け取ることができるし、座敷で隣合わせになった男友達と自分の間に荷物を置いて自分のテリトリーを確保することなどまずない。
「今日は会えて嬉しかった。」という趣旨のラインを送ったことがある。既読がついたところで我に返った。柄じゃない。柄じゃないことはしないように生きてきた。本当はYUIも聴くのに、好きな音楽の欄には適度にマイナーな洋楽を書いた。バレンタインの手作りチョコは、それなりにおしゃれな大きめの箱にガサガサと入れてラッピングはしなかった。テイラースウィフトの歌詞を検索したPC画面のまま席を立ってしまったことを思い出して慌てて違うタブに変えたこともある。さあ頭をフル稼働させねば。気づいたら「こういうの、まとめサイトの言われて嬉しい言葉ランキングにありそう。」と送っていた。強がりは放っておくと爆発する。ラストティーンで学んだ教訓の1つだ。
今日、時計の針が12を指したら、また一つ年をとる。パスポートを変えなきゃいけない。
大人になっても相合傘はやはり苦手だと思うから、なるべく携帯する傘は折りたたみ式にして、バッグの中にしまいこんでおこう。相手が傘を用意していなかったから、カフェで雨宿りを提案してみたい。「会えて嬉しい」と面と向かって人に言えるようになるにはだいぶ時間がかかりそうだ。
大人になる印として、一つだけ、柄じゃないことを言っておきたい。
この文章を読んでいる人はきっと私のまわりにいつもいてくれている人だと思うから。
出会えて本当によかった。できることなら来世でも出会いたい。
直接言うまでにはきっとあと10年くらい必要。これからもどうぞ、よろしくお願いします。