第二次世界大戦のさなか、ジョン・メイナード・ケインズとフリードリヒ・ハイエクは、ケンブリッジ大学のキングス・カレッジ・チャペルの屋根の上で、一晩中二人だけですごしたのだ。彼らの任務はじっと空をにらんで、英国の風光明媚な小都市に焼夷弾の雨を降らそうとする、ドイツの爆撃機を警戒することだった。 (中略) 夜が来るたびに、キングス・カレッジの教師や学生らは、シャベルを持って華麗なゴシック様式の礼拝堂の屋根に交代でのぼった。この礼拝堂の礎石は一四四六年にヘンリー六世によって据えられたものである。ロンドンのセント・ポール大聖堂の空襲火災警備員は、爆撃機に対抗する手段はないものの、落とされた焼夷弾を屋根に火がつく前に屋根の端から落としてしまえば、被害を最小限にとどめられることを学んでいた。そんなわけで、当時六十歳に近づいていたケインズと四十三歳だったハイエクは、石灰岩の手すりにシャベルを立てかけ座り込み、迫りつつあるドイツ機の空襲に備えた。
『ケインズかハイエクか』ニコラス・ワスプショット(新潮文庫)久保恵美子訳、p11-12















