We spoke with Jeremy of Touche Amore about the life cycle of loss and grief, surviving COVID, and his enduring love for punk and hardcore. Touche Amore's 5th album 'Lament' drops Friday, October 9 on Epitaph Records.
ひょっとしたら、Touche Amoreはあなたのフェイバリットバンドかもしれない。私はいくらかお金を賭けてもいいが、あなたがエモかハードコアを聴く人なら、そしてその両方に浸っているならまず間違いなく、あなたはどこかの時点で彼らのアルバムを誰かに勧めたことがあるはずだ(たいていは『Is Survived By』だと思う)。Touche Amoreがあなたの好きなバンドではなかったとしても、あなたの知り合いの好きなバンドであることはまず間違いない。このバンドは、ハードコアの中でも最もハードコアなファンベースを持っていて…まぁ、リードシンガーのJeremy Bolmと話した後ならその理由はすぐわかる。
あなたがJeremyのバンドに関心があるなら、彼は喜んでその対価を返す人物だ。彼は感謝と謙虚さの模範であり、静かな性格のデュエル・ファシストであるため、彼自身の精神の健康を危険にさらしてでも、非常に親しみやすいのだ。Touche Amoreの4枚目のアルバム『Stage Four』に対する圧倒的なファンの反応は、2016年に癌で母親を失った経験を深く掘り下げ、Jeremyは一部のファンの悲しみや喪失感の代弁者となった。これを受けて、バンドのニューアルバム『Lament』は、前作への反響を整理し、愛する人の死によって開かれる悲しみの無限の地平線と折り合いをつけようとする試みとなっている。
以下は今年の夏に行われたMick RとJeremyとの電話での会話の記録です。このトランスクリプトは、わかりやすくするために若干編集されています。
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インタビューを受けてくれてありがとうございます。次号であなたの特集を組めるのをとても楽しみにしています。
どうもありがとう。
New Noise Magazineについてはご存知ですか?
もちろん。何冊も持ってるよ。フレキシ(ソノシート)付きとかもやってるよね。いつも雑誌の内容について本当にクールだと思ってたんだ。
私たちのやっていることを気に入ってもらえて嬉しいです。全然馴染みのない方もいるので。
君たちはあらゆるジャンルをカバーしつつ、今もフィジカルな雑誌として残っている数少ない一つだから関心を払わない方が難しいね。
ええ、今もフィジカルとしての雑誌がメインであり、ウェブサイトの補足ではないという部分は気に入っています。以前はよく雑誌を集めていたとか、ZINEシーンにハマったというようなことはありましたか?
うん、過去に少しだけならあるよ。2000年代初頭に”Status”というジンがあってね。サウザンドオークス(カリフォルニア州南部の都市)で発行していたジンがなんだけど、(Statusを作っていた)彼はレーベルもしていて、Curl Up and Dieやthe Casket Lotteryなんかのレコードをリリースしていたんだ。僕がジンに寄稿したことがあるのはあの時が唯一の経験なんだけど、そこでレコードレビューを書いたり、いくつかインタビューもしたね。 そう、19か20歳の時にConvergeのJacob Bannonにインタビューしたこともある。何年も後になって、彼と直接話せるような間柄になってから「覚えてないと思うけど、君にインタビューしたことがある」って言ったら「オー、シット!クレイジー!」って反応だったね。
彼はそのインタビューであなたのことを覚えていなかったんですね。
もちろん覚えてないと思う。 確か“You Fail Me “か “No Heroes“のツアー中で、ちゃんと日付を確認してみないといけないけどね。今でもそのテープを持ってるよ。まだデジタル・レコーダーが出る前でインタビュー用のミニ・テープなんだけど、どこかにあるはずだ。
どこかのタイミングで(そのテープを)公開する価値はあると思いますか?
まぁ僕もそれは考えたけど、個人的に聞き返して楽しむだけかな。再生する機器も持ってないから、聞くためだけにもう一台買わないといけないし…。まぁ何があったのかは神のみぞ知るってとこだね。確か(レコーダーは)雑誌のオーナーから借りたものだったと思う。 実は数年前に僕は”Down Time”というジンを出したんだけど、当時のそのインタビュー記事を転載したんだよね、(元となったオリジナルの)ジンのコピーはまだ持ってたから。でもインタビューの音声自体は最初の時からもうずっと聞き返してない。めちゃくちゃ緊張しているはずだから(聞き返せば)多分面白いだろうけど少し恥ずかしくもあるよ。
過去の自分を振り返って「おお、これが自分か…」と実感するのはきついこともありますよね。振り返ると言えば10月に「Lament」というニューアルバムが出ますが、このアルバムは内省や回顧といったテーマに焦点をあてているように思います。明確にタイトルにも示されていますが、これらのテーマに関して説明してもらえますか?
僕達の前回のアルバム「Stage Four」は、自分の母の死とそのプロセス全体を扱ったアルバムだった。今回のアルバムは、あのレコード(Stage Four)がリリースされた後の自分の人生について、あのリリースが自分の人生にいかに影響を及ぼしたのかについて書いているんだ。自分自身の悲しみについてまっすぐ正面から向き合うことでどういった問題が起きるのか、オーディエンスの反応が自分の人生にいかに影響を与えたのか、そしてあの苦しみを通して人々と培うことができたつながりについてもね。 それから、本来ならなる必要のない代弁者になってしまったこと、悲しみに関して相談されることが多くて、それにどう対応すればいいのかわからず、丸一日を棒に降ってしまうことについても。ツアー中なら誰かにそういう話題を話しかけられるのは日常的にあるけど、家にいるときでさえそういう内容のDMやメールが来ない日はないんだ。 それに対応するのは自分だから。でももっとポジティブな面でいえば、(このアルバムは)人生の中で自分を支えてくれた人や支えてくれなかった人を映し出しているとも言える。だから、そういうことに関するあらゆるトピックに触れていると言えるね。
悲しみや喪失感に関することで相談されて、あなたが自分の手に負える範囲を超えているなと感じるのはどういった状況でですか?
どこからともなくいきなりそういう目に遭うんだ。ツアー中、コーヒーを買うのに歩いていたり、レコード屋でレコードを見ていたりすると、誰かが近づいてきてね。自分は誰とでも話すのが好きな方だしバンドに関心を持ってくれる人には本当に感謝しているからヘッドフォンを外して「ヘイ、元気?」って感じで楽しい会話になりそうな気がするんだけど、大抵の場合「妹が脳腫瘍で死んだことを知ってほしいんだ、あなたのレコードは本当に自分の支えになったから」とか。もっとハードなのだと「ねえ、一体どうやって折り合いをつけたの?」とか。というか、人にアドバイスできるほどちゃんと用意ができているとは全然感じてないんだ、僕自身が今も折り合いをつけている最中だからね。 そういう点でいえば、僕は悲しみや苦しみに終わりはないと思ってる。だからしんどいよ、潜在的には良い一日を過ごしていて、頭の中も良い状態にある時に、そういうことで気が散ってしまうのは。それはそういうことをシェアしてくる人に対して感情移入するからだけじゃなくて、どうして自分とシェアしてくるのかっていう理由にも共感するからね。もし自分が逆の立場で、自分が経験している苦しみゆえにあるレコードとつながりを感じていて、そのレコードを作ったバンドの人間に会えたとしたら、自分だって同じことをすると思うんだ。僕だって伝えるさ! 僕が感じているのはそういう類いの罪悪感なんだ。精神的な余裕がないって理由でDMにはまず返信しないし、悪いとは思っているんだ。届いたメッセージに目を通して「ステージ4」とか「癌」とかの文字が出てくるだけでもうきついんだ。だから 共有したいと思っている人達に対して心を開いてないことに罪悪感はあるんだけど、もうただ無理なんだよね。そういうのを読むのは本当につらい。彼らがなぜそうするのかがわかる罪悪感と、なぜそうするのかに共感する気持ちの狭間なんだけど、ただ期待される役割を果たすことが自分はできないと感じてる。
ええ、あなたは精神科医というわけでもないですしね。
正直言って、自分も答えを持っているというわけじゃないんだ。
大抵の人はあなたにそういった感情を吐露するだけで満足なんでしょうか?それともあなたから積極的に何かを求めているような状況に遭遇しますか?
その時と場合によって毎回違うね。ある時はアドバイス的なものを求められて僕にはそうする資格がなかったり、レコードに共感したからという理由で何かをシェアしたいだけって人もいる。繰り返しになるけど、僕にはよくわかるんだ。僕の人生においても自分にとって意味のあるレコードを出してきたバンドがたくさんいて、そういうことを本人達に伝えた機会もあったからね。 若い頃は、レコードを聴いて自分がどう感じたか、それを直接伝えることがアーティスト本人に影響を与える可能性なんて考えたこともなかった。そのレコードがアーティストにとってどれほど深くパーソナルなものだったとしてもね。自分がファンだったり、レコードに心を動かされた時にそういうことはまず考えないよね。でも今、自分はそういうことが起こり得ると実感できるポジションにいて、上手い言い方が出てこないけど、ある意味で”Oh, god…”ってなるきっかけになり得るというか。 僕らのバンドは何年もかけてそういうことに気がつくようになった。みんなどれだけ意識していたかはわからないけど、ある時ツアーでライブが終わった後、徹夜で移動する前にスライスのピザを一切れ食べようってことでまだ開いてる店を探しながら、僕らのグループは通りを歩いててね。みんなすごくいい雰囲気だった。確かトロントでのことだ。とにかく、みんなで店まで歩いてサクッとピザを一切れ食べて、みんなで笑ったり時間を楽しんでた。その帰り道にバーが通りに出ている店があって、そのバーにいた何人かがさっきのショーに来ていてね。僕らのバンドを見るなり、みんなでハイタッチし合ったり「最高なショーだった!」とかそういうやりとりがあってね。 それでバーの客の一人が私を見て近づいてきて、僕はただ幸せと喜びいっぱいでその光景を見ていたんだけど、彼は僕の方を向いて「やあ、先週僕の妹が自殺しちゃって、今週あなたのレコードが本当に支えになった。ショーがあって本当に良かった。」って言ってきてね。僕はもうそれにぺしゃんこにされてね。”Oh my god!”っていう。バンドのメンバーがそれを見ていて、それから僕らは会場まで無言で引き返した。後で一人が僕を引っ張って「最悪だったな」と言ってね。本当にその通りだった。 こんな状況に遭遇することがけっこう多くてね…僕はこういうことをうまくコントロールする精神的な心構えができていないし、本当にしんどいことが多いんだ。僕はただこの世界を(滑落しないように)トラバースするのに最善を尽くしているだけなんだ、他の人と同じようにね。こういうやり方で自分の悲しみを表現できるプラットフォームを持っていることは本当に幸運だと思ってる。このバンドをやることは、こういうことすべての吐け口になっているんだ。 そういう意味で今までどんなセラピーにも行ったことがないなんてバカだとは思うけど、でも自分で作った薄っぺらい言い訳もあって、だってもしセラピーに行ってしまったらじゃあ僕は一体何について歌えばいいんだ?っていう。だってそうだろ?自分が抱えている問題が全て解決されちゃったらもう何も歌うことがなくなってしまうんじゃ?このバンドはずっと物事に対処するための自分なりの治療法であり続けてきたからね。 だからまぁ、あのレコードをリリースすることで自分がどういう立場に置かれるかってことをわかってなかったわけだけど、僕にとってあのレコードは必要だった。自分の悲しみに対処するために必要な方法だったんだ。そして何年も経った今、あのレコードをリリースすることのインパクトをわかっていなかった。僕にとって「Lament」を書くことは、「Stage Four」が自分に与えた影響や、人々に寄り添えなかったことへの罪悪感という感情を吐き出す方法であり、同時にそういうクソ(な状況や感情)をくぐり抜けることの難しさの表現でもあった。
あなたは、そういったタイプの交流を、あなたにとってより管理しやすい方向に落とし込もうとしたことはあるんですか?
いやあまりないかな。ただできる限り避けようとはしているね、おそらくこれも健康的ではないんだろうけど。
でもあなたはまだこういう交流を受け入れていますよね。
まぁ、どうやってやめればいいか分からないからだよ(笑)。 僕は自分たちの活動に関心を持ってくれたり、今でも聴き続けてくれる人たちに感謝して生きてきたんだ。これが5枚目のアルバムだから、最初のアルバムから聴いてくれてる人には、あるいは3枚目から入ってくれた人にとっても、これまでの間には多くの出来事が起こるだろ。人の興味は変わっていくものだし、僕もそれはわかっているから。 これはまぁジョークだけど、僕らのバンドはドレイクが出てくる前からやってるんだぜ。いったんドレイクが出てきたら、みんなそっちに飛び乗っちゃうだろ?なにしろ新しいジャンルでエキサイティングだからね(笑)。だから最初からそこにいてくれた人は誰であろうと、人生の恩人だと思ってる。僕はいつだって話が好きな方だし、ショーでも必ず顔を出すようにしてる。ずっとバックステージに隠れているようなタイプだと思ったことはないよ。僕は自分の時間を割いてくれる親切な人たちと関係を持つのが好きなんだ。諸刃の剣だよ。
アルバム「Lament」のカバーアートがとても面白くて、深読みするうちに象徴的になってきた気がしてます。(Lamentという)たった一言の言葉ですが、タイトルの片方が沈んでいる一方、もう片方は持ち上がってきて、それが回転しているような印象を与えています。ある種、感情や思考といったものはある時には他のものの水面下に隠れ、またある時にはどこからともなく出てきて予期せず表面化するといったような。(この解釈は)いい線いっていますか?
100%核心を突いていると思うよ。まさしく自分達が目指していたものだね。Nick (ギタリスト)が僕らのアートを最初の時から全てやってくれてる。彼は実際それで生計を立てているしね。素晴らしいグラフィックデザインのアーティストだよ。でも一緒に仕事をするときは、レコードのレイアウトをどうするかということになると、彼は率先して僕をクライアントのように扱ってくれるんだ。
僕らはとても緊密に仕事をしていて、僕が何を伝えようとしているのかということについては、彼はとても意識的で親切なんだ。レコードを作っているとき、リリックの内容に関してはとても緊密に作業していて、僕が歌詞をある程度完成させたら、それを彼に送ってアルバムアートの面で何をすべきかのアイデアを与えるんだ。彼はそういうのをとても早い段階で始めるのが好きなんだ。
アルバムのタイトルトラック “Lament “は、さっきのあのサイクルに関係している。曲中にあるライン"I lament, then I forget / I lament, till I reset “(私は後悔する、そして忘れる/ また後悔する、リセットするまで)というのがある。完全に通常運転で、気分も全く問題なく始まった1日でも、メッセージが来るとかそういった些細なことや、あるいは何かを目にしてしまってその日の調子がすっかり狂ってしまうことがあるんだ。そしたらできるだけそれから目をそらして、ただ気を紛らわせるようにする、それがなんだろうとね。そして寝て起きたら、また同じことの繰り返しがやってくる。これがこの世界をトラバースする上でのプラスとマイナスなんだ。
"Come Heroine "という曲のタイトルは、今この国で起きていることにとって重要な意味を持つと感じています。オピオイドクライシス*がある中で、それにCOVIDのパンデミックが重なっています。多くの人が自分の問題からドラッグに慰めを得ようとしていて、今のような厳しい時にこそ、この曲は特に妥当性を感じます。 (オピオイドクライシス/ 米国では毎日100人を超える人がオピオイド鎮痛薬の過量投与で命を落とすなどオピオイドの不適切使用が社会問題となっている)
とても挑発的な曲名だよね。だからこそこのタイトルを選んだんだ。でも僕にとっては、この曲は自分のパートナーのことを歌ったもので、彼女の存在は僕の人生の困難を乗り越えるためのすごくポジティブな力となってくれていて、特に自分の母親を亡くした時のことを歌ってる。一方で彼女自身も自分の人生の中で失ったものや葛藤を抱えていることは理解している。 僕にとっては、人生で本当に辛い思いをしたいくつもの理由を抱えていながら、なお自分のためにそれらを脇に置いて付き合ってくれた人へ感謝の気持ちを示すための曲なんだ。彼女がそうしてくれているように私に寄り添ってくれた人。そういう人のための曲なんだ。
つまり、文字通り彼女はあなたのヒロインなんですね。
そう。オープニングのラインは“From peaks of blue / Come heroine”(青/憂鬱の頂点から/ヒロインがやってくる)彼女は自分の人生で経験してきた悲しみの山脈を持っていて、そこから彼女が本当に温かい優しさと期待感を携えて来てくれたというような感じなんだ。
とてもクールですね。正直、これを聴いた時にそういう結論にはならなかったんです。
いや本当、正直言うと僕にとって音楽の醍醐味はそこなんだ。(曲について)誰かが何かを誤った解釈していても、一度だって不快に思ったことはなくて、それは曲を一度世に出したらもうその曲は自分のものじゃないって本当に思ってるから。その曲のナラティブを決めるのはリスナーだ。多くの人が僕の所にきて「この曲はこういう意味だった」とか「あの曲はこういう意味だった」と教えてくれた。例えば、Stage Fourの最初の曲は、母に食べさせようとすることについての歌だったんだ、(末期ガンで)彼女は体重がすごく落ちていってたからね。で、その曲が摂食障害が治るきっかけになったと言ってくれた人がいたんだ。 でもそれで「いや、あれは別に摂食障害のことを歌っているわけじゃなくて」とはならなかったよ。 実際、それって素晴らしいことだし、本当にスペシャルなことだ。だから、誰かに(曲の解釈を)推測されるときは、いつも楽しませてもらってるんだ。よっぽど間違っていなければね、たとえば「こいつを殴ったことを歌ってる!」とか。
全然、そういうこととは無縁というか、しそうにないですよね。
もちろんだよ!
先ほどドレイクが出てきたのと同じ頃にバンドも露出するようになったと言っていましたが、あの頃は音楽シーンがいくつかの点で今とは違っていましたよね。当時ははっきりとエモリバイバル、ポストハードコアのリバイバルが来ていました。その頃と今とでは、エモやパンクシーンはどのように変わりましたか?特にこの4年間で、これらのシーンに大きなシフトがあったように思います。
いい質問だね。具体的なこれっていうものがあるかはわからない。僕達がより意識的になるという点で、僕は世界は大きな振り子スイッチのように進んでいくと思ってる。トランプのような人間が政権につくと、物事がより激しく政治的になる。ブッシュが就任していた時も多くの人々の政治的な意識が高まったよね。 でもオバマになってからの数年間はほとんどの部分で物事がすごく普通になったように感じられたんだ。当然、その間も政治的にはずっと多くのことが起きていたんだけどね。でもトランプ政権が誕生してからは、政治や社会的なコメントが再び前面に出てくるようになった。これを不幸中の幸いだとは言わないけど、こういう対話をするのは良いことだよね。 それが対話を促進させるのであれば良い、というべきかな。でも同時に誰一人として今の状況で満足していない。興味深い状況の並置と言える。そこには自己反省する余地もたくさんあると思うんだ。こういう緊迫した政治状況に直面すると、自分自身を見つめ直して「自分はこれらの過ちを正すためにできる限りのことをしているのか?」と自問するようになる。それが状況の変化に繋がっているのは確かだと思う。
バンドを始めて、それまでとは違う自分になったと感じますか?
ああ、そうだろうね。(バンドを始めた当時)僕は24か25歳だったけど、今やもう40歳目前、今は37歳だ。人は30歳を迎えると、自分の人生を本当に、本当に、本当に、見直し始めるようになると思うんだ。僕たちのアルバム『Is Survived By』は、基本的にそういうことについて30歳の時に書いたものだ。成熟度と、自分が思い返す価値のある人生を送っているのかどうか。 20歳の時は無敵のような気がして、将来のことはそこまで考えないような気がするよね。でも今の自分は、まぁみんな誰もがそうだと思うんだけど、あらゆることにおいて歴史の正しい側にいるかどうかを考えるようになってきてると思うんだ。みんな政治的な意識が高まってるし、社会的な意識も高まってる。こういったこと全般がそうじゃないかな。
全体的に物事に対して意識が高くなったような気がするんですね。
そうだね。バンドを始めた頃はできる限り楽しむことしか考えていなかった。床で寝て、請求書の支払いができなくても気にしない。実家に住んでてまだ家族と一緒に暮らしてて。そんな感じだったんだ。 無職のやつらを集めてクソみたいなショーもした。 ガソリンスタンドの食ベ物だけで食いつなだりっていうクソみたいなツアーとか、そんなのばかりだった。当時は何年も経ってまだこのバンドをやっているなんて思ってもいなかったけど、そういった経験と共に成長し、適応することを学んだ。あの頃に得たパンクの倫理観が今の自分たちの生き方に繋がっていると、今でも思っている。
辛いときに助けられたレコードがあると言っていましたね。そういったレコードを作ったミュージシャンの中で、その当時話してみたかった人や、自分に影響を与えたレコードについて今でも話してみたいと思っている人はいますか?
結局のところ、僕はただのファンなんだ。大のレコードコレクターだしね。レコードは自分にとって世界の全てを意味してる。このバンドをしていて最大の特権の一つだと思ってることは、現時点で自分のフェイバリットバンドのうち、おそらくDeftonesを除く全てのバンドと一緒にプレイできたことなんだ。(Deftonesとも)フェスでは一緒にプレイしたんだけど、それはノーカウントだから。 最近よくこういう話をするんだ。僕は数ヶ月前にポッドキャストを始めたんだけど、その会話の中でよく出てくるのが、僕の好きな点とまでは言わないまでも、このパンクというジャンルは天井がすごく低いっていう意味では唯一のジャンルで。この点について異論はぜひとも歓迎だし、別の話も聞きたいと思ってる。でも十分ハードに努力さえすれば、自分の好きなバンドと一緒にプレイすることが不可能ではないと思える唯一のジャンルなんだよ。 完全に可能性の範囲内なんだ。プロモーターとだって友達になれる。好きなバンドが100万枚売れる必要もない。好きなバンドは7インチを2枚出すバンドになるかもしれない。何を言ってるかわかるだろ?完全に可能なんだ。ショーで彼らに会うことも、近づいて話をすることもできる。僕は、自分の人生を完全に変えてくれた人達とこれまでたくさんの対話をすることができたり、それどころか友達にもなることができて、本当に、本当にエキサイトしてる。そして今、僕は(ポッドキャストで)彼らにインタビューを始める立場になった。 先週、CursiveのTim Kasherにインタビューしたんだけど、それが超エキサイティングだった。二人ともロサンゼルスに住んでいて、お互いのライヴで会ったり共通の友人がいたりして知り合いではあったんだけど、彼と実際に会話をする機会を得て、2000年代初頭のサドル・クリーク時代やネブラスカのオマハのシーン、そしてそのシーンが自分にどれほど影響を与えたか、またシーン全体が自分にとってどれだけ意味のあるものだったかについて、洗いざらい本人にぶちまけることができた。 レターマン(”Late show with David Letterman”というテレビ番組)でCursiveのプレイを見た時の話をしたんだ。パンク周辺から出てきたバンドで、個人的に知っているかどうかは別として、彼らのような存在がレターマンの番組に出演するのを見ると、僕ら全員の勝利のような気がするんだ。彼らがやってくれた。クールなことをしてくれたっていう。様々なことが頭の中を駆け巡っている中で、自分に印象深いものを与えてくれたこの世界の人間に会うチャンスがあると、いつもぞくぞくするんだ。 今回のニューアルバムのレコーディングでも、ロス・ロビンソンは子供の頃から僕の人生の中で大きな役割を果たしてくれた人だしね。Kornの1stが出た頃は好きだったし、Sepultura、Glassjaw、At the Drive In、Blood Brothersも大好きだった。これらのレコードはどれも自分の人生を通してとても重要なものだったし、今は(そういった作品をプロデュースした)彼とレコードを作っているんだ。僕はレナード・コーエンの大ファンなんだけど、スタジオで僕が歌っていたマイクは、レナード・コーエンがレコード”The Future”の全曲で歌っていたマイクだったってことをあとで知ったんだ。 マジで心からぶっ飛んだね。だから、僕は今でもこういう体験をするし、こういうことに麻痺したり、当たり前のことだと思うようにはならないと思う。僕にとって全部がエキサイティングだし、これからもそうだろう。もし、エキサイティングだと思わなくなったら、その時点で自分が嫌いになるね。
ええ、何か別のことをしたらいいと思います。
そうだね。僕のバックアッププランは郵便配達員になることだってよくジョークで言ってたんだよね、メールオーダーの仕事をするのが好きだし、そのプロセスも大好きだからね。仕分け室の後ろに座ってヘッドフォンをつけて、1日8時間郵便物を仕分けするのは自分にとっては夢の仕事だと思って。僕にぴったりだ。でも同時に、もう郵便局がなくなってしまうかもしれない状況なんだ(笑)。 (参考: https://www.bbc.com/japanese/53830503)
バックアッププランにもバックアップが必要ですね。
僕のバックアッププランでさえ崩壊したんだ。 郵便局のようなものが危険にさらされるとは君も思ってもみなかっただろうけど、ドナルド・トランプが就任したことによってここまで来たんだ。
2020年10月7日 NEW NOISE MAGAZINEの記事より











