インドネシアンシティポップなんて無い?あるのはインドネシアンアーバンポップ
近年、80年代を中心とした日本のシティポップが世界中で注目され影響を与えています。インドネシアはASEANの国々の中でも特に大きな影響を受けているように思えます。インドネシアの音楽サイト、Pophariini(今日のポップという意味)に歴史的背景から最新の重要アーチスト、曲までまとめた記事が載っていたので訳してみました。著者はAnto Arief、訳はarnieoです。原文(インドネシア語)は https://pophariini.com/bukan-city-pop-indo-tapi-indo-pop-urban/ で。なにかありましたらtwitterアカウント @arnieoz まで。
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2010年以降今に至るまでインドネシアの音楽シーンにひっそりと影響を与えているトレンドがあるとすれば、それはシティポップだろう。80年代のジャパニーズポップはグローバルにバーチャルな世界で再評価を受けてる。ファンク/ディスコやブギーの強い影響を受けた80年代のジャパニーズポップは、その古いカタログがひっぱり出されて再評価を受けてる。80年代がトレンドとして再評価されてる今では恐ろしく魅力的だ。とりわけエレクトロニックミュージックのサブジャンル、Vaporwaveでは多くの曲がサンプルされてる。 80年代に日本ではライフスタイルが大きく変化したためにシティポップが生まれた。日本経済の発展によりポップカルチャー(映画、テレビ、アニメ、マンガ)が大きくなって、日本中で消費されるようになった。日本の主要都市、特に東京では急速に近代化が進み、高層ビルやタワーマンションが乱立した。堅牢な高速道路や街灯、ネオンは街を美しく冷たく彩った。 コスモポリタン的なライフスタイルを送る人たちがファンク/ディスコやブギーに影響を受けたポップミュージックを生み出すきっかけとなった。そんな音楽が80年代の新しい"都会的な~Urban"生活を彩っていた。"PLASTIC LOVE"で始まる以下のシティポッププレイリスト(訳者注:原文掲載のサイトではYoutubeのリンクが記載されていたが現在リンク先のプレイリストは削除されている)を見てほしい。この曲は2018年に突然世界中のネットで有名になった。 2010年から今に至るまで"シティポップ熱"はインターネットとYoutubeで幾度となく出現してる。Youtubeは世界中のネチズンによる"シティポップ"のプレイリストであふれてる。その中にはもちろん我々、インドネシア人によるものもある。のちのち"(私たちの街の)シティポップ"プレイリストを作るんだけど。理由は歴史的なもの。:80年代のインドネシアのミュージシャンも彼らの音楽の中にファンク/ディスコやブギーの要素を滑り込ませていたんだ。 だからインドネシアの80年代のポップスにもジャパニーズシティポップと同じようにファンク/ディスコの要素がある。だから今、幾人ものインドネシアのネチズンが80年代のインドネシアポップスのカタログをひっぱり出して、インドネシアバージョンの"シティポップ"プレイリストをYoutubeに公開しだしても不思議なことじゃない。例えば以下のプレイリスト。だれが作ったのかはわからないけれど、もうVol.6まで公開されてる。
Indonesian City Pop Mix Vol. 6 80's Tunes
Funk, シティポップとアーバンポップを繋ぐもの
シティポップはアーバンポップと比較できる。ここで言うアーバンポップは現代のコスモポリタン的なライフスタイルに影響を受けた音楽のこと。ファンク、ディスコ、ブギー、ジャズ、エレクトロニックの要素が入り混じった現代の音楽。アーバンポップという言葉は2015年のAMIアワード(訳者注:Indonesian Music Awards / 1997年に始まった音楽賞で言わばインドネシアのグラミー賞)のカテゴリーで使われ今に至ってる。また2009年に出たコンピレーションアルバムのタイトルにも使われてる。収録されているのはMaliq & D'essentials、RAN、Soulvibe、Tompiなどでどのグループもファンクなどのモダンで都会的な要素を曲に取り入れてる。
ファンクが日本のシティポップとインドネシアポップで共通する要素となってる。インドネシアポップもファンクと触れていたことがあったから。このことは以前にインドネシアの音楽におけるファンクの歴史をつづった"Catalog of Shy Indonesian Funk" (https://pophariini.com/pangalo-dan-katalog-funk-indonesia-yang-malu-malu/)でも触れてるけど。だからこそジャパニーズシティポップはインドネシアでも意味がある。忘れちゃいけないのは、ファンクはディスコミュージックのルーツで、気分を高揚させて体を自然と動かす音楽だということ。たとえスローテンポでも速いビートでも。
ファンクを特徴づけてるのはドラムとダイナミックなベースのうねるビートにギターが単純なトーンを刻むこと。時にはギターはパーカッシブなミュートテクニックで3音を繰り返すだけだったりする。他の要素はエレピやシンセサイザー、大きな音のブラスセクション、そして時には甘いフレーズを繰り返すストリングスや体を突き動かすプリミティブなパーカッションだったりする。
こうした要素が組み合わさってアップテンポな、時にはスローな、それでいて普通のポップスとは異なる感覚の曲が出来上がる。そして体が動き、頭が揺れる。例えば、80年代のソフトポップジャズ/ファンクのシンガー、Utha Likumahuwa。スローなテンポの曲だけど、じっとしていることはできず体を動かしてしまうような曲だ。アーバンポップという呼び名ができる前、メディアはこれをクリエイエティヴポップと呼んでた。
Utha Likumahuwa / Sesaat Kau Hadir
こうした背景があるので、インドネシアの過去の音楽が再発見されることはまっとうなことだ。とりわけ、シティポップと70年代、80年代の素晴らしいローカルミュージックとの繋がりを見つけてインドネシアのネチズンがハッピーになるなら。70年代、80年代には見過ごすことができない素晴らしいミュージシャンがいる。70年代、80年代に Yockie Suryaprayogoとやっていた頃のChrisyeやCandra DarusmanがやっていたバンドChaseiroとか。そして最も重要なのはTranssの唯一のアルバム、"Hotel San Vincete"だろう。
Chrisye / Kenang-Kenangan
Transs / San Vicente
2018年をとおして、アーバンポップはインドネシアのポップミュージックシーンで広がっていった。メジャーでもマイナーシーンでもプレイされ、現場でもナショナルチャートでもヒットしAMIアワードにも登場した。GACのアルバム、Lalahutaのシングル、そしてベストシングルを受賞したMarion Jolaのシングル"Jangan"、ベストアルバムを受賞したCandra Darusmanによるコンピレーションアルバム"Detik Waktu: Perjalanan Karya Cipta Candra Darusman"。すべての作品の中にファンクの要素を見ることができる。 インドネシアンアーバンポップの興味深い点はファンクの要素が再生され世代を超えて受け継がれていることだ。こうしたファンクの継承はBarry Likumahuwaのポップジャズファンクプロジェクト"BLP(Barry Likumahuwa Project)"にも見られる。BarryはThe Rolliesのメンバーで70年代の伝説的ソウル/ファンクのサックス・トロンボーンプレイヤーだったBenny Likumahuwaの息子だ。EQ Puradiredjaは90年代に人気のあったニュージャズ/ファンクデュオ Humaniaのメンバーだった。彼は2010年に彼の弟たちのバンド、Maliq & D'essentialsをプロデュースした。彼らはのちの10年間で現れる現在のインドネシアンファンクポップ、アーバンポップの先駆者だった。 世代間の継承はなおも続いてる。Maliq & D'essentialsのギタリストとキーボディストはアーバンポップトリオRANのメンバーの一人とLale-Ilman-Ninoとして活動している。今、彼らは最も先鋭的なソングライター/プロデューサーチームだ。多くのヒット曲や賞を手に入れている。 ファンクの要素を取り入れたアーバンポップは様々な人々の助けを借りて生きながらえてきた。例えば、DiskoriaやMunirのように古いインドネシアファンクをレパートリーにしてダンスフロアを盛り上げてきたDJとか。Suara DiskoやGembara Gembiraみたいに古いインドネシアダンスミュージックをプレイするリバイバルイベントも幾つかある。中にはCandra DarusmanとChrisyeをたたえるイベントも。
2018年のアーバンポップ
一方で2018年のアーバンポップは様々だった。Marion Jolaの"Jangan"(プロデュースはLale-Ilman-Nino)はロックにポップスとレゲエを混ぜてファンクをちょっと入れた感じ。この曲は2018年のAMIアワードで6部門にノミネートされてLale-Ilman-Ninoはベストプロデューサーに選ばれた。
Marion Jola / Jangan ft. Raya Putra
Lale-Ilman-Ninoは"Jangan"以外にもプロデュースしたバンド、Lalahutaがよりアップテンポな曲でAMIアワードにノミネートされた。このキャッチーなポップソングは甘さを秘めたファンク要素を取り入れたアレンジがされた踊りたくなる曲だ。グルーヴするドラムとうねるベースのビートにギターのシャッフルとピアノが絡むのをチェックして。
Lalahuta / Tunngu Apa Lagi
シンガーのIsyana Saravatiは映画"Milly dan Mamet"のサントラにポップファンク/ディスコソングを提供している。ドラムは単調なようでいて、グルーヴを内に秘めている。そしてベースのファンキーなギターとのクールで踊れる掛け合いを聞くことができる。
Isyana Sarasvati / Stargazing
Hivi!の2018年のシングル"Satu-Satunya"は70年代のファンク/ディスコの雰囲気でDiskoriaやMunirなどの今人気のDJにダンスフロアでプレイされるのぴったりだ。かなりディスコ寄りだけれど、すべての要素がファンクから来ている。
Hivi! / Satu-Saunya
Calvin Jeremyは2018年末にインドネシア80's ポップファンク/ジャズのフレイバーを取り入れたアルバム"Nostalgia"を発表した。まさに80年代ノスタルジア!
Calvin Jeremy / Nostalgia
City Pop Indo
他にもシティポップの影響を受けたミュージシャンはいる。去年、ニューアルバム "Departure"をリリースしたSpring Summerやアルバム"Amusement Park"をリリースしているIkkubaruなど。この二つのバンドはバンドン出身。ボゴール出身のバンド、Tokyoliteはアルバムを3枚リリースしている。そのうち2枚は日本でもよくプレイされ受け入れられている。最近では伝説的ミュージシャンJockie Suryoprayugoの娘、Aya Anjaniが"Roman Romansa"というシングルをリリースしている。この曲は音だけでなくアートワークもビデオも日本のシティポップの要素で満ち溢れている。
Aya Anjani / Roman Romansa
きらきらと光り輝く都会
人は社会的な生き物だ。スピードに追われノイジーな現在の都市生活の中でも人々は常に孤独を感じる。とりわけ、高層ビルで、ハイウェイのジャンクションで、そして美しく冷たい都会の明かりの下では。だから私たちにはモダニズムのノイズと上手くやっていくために、いつもダイナミックな音楽が必要なんだ。それがダイナミックでポジティブなインドネシアンアーバンポップがシティライフのための音楽として存在しなきゃいけない理由。混雑したコミューターラインの中で、クソみたいな渋滞の車の中で、こんなに大勢の人たちに囲まれているのに突然襲ってくる孤独と立ち向かうために、ぼくらにもアーバンポップが必要なんだ。
















