デジタルメディアサイト『ビジネスジャーナル』を展開する株式会社サイゾーのオーナーである苫米地英人氏が9月2日、同事業による報道不祥事について、お詫びと謝罪の表明をその公式ブログに掲載した。オーナー株主として一定の道義的責任を果たしたと評価したいがまだ課題は残っている。
苫米地氏が、当初から「報道人」として或いは「株主」としての責任を感じてこの行動に出たのか、それともネット上の”世論”に行動を促されての行動であるかは定かではないが、「編集権の独立」と「編集者の倫理」について、懇切丁寧に説明して自らの行動の背景を的確に説明したことは評価できる。
“今回のビジネスジャーナルの不祥事で、私に何らかの編集権や人事に関わる介入や情報開示を、いわゆる「もの言う株主」として期待したツィートなどが来ていますが、サイゾーグループはメディア企業であり、一般の企業とは、上に書いたように本質的に異なるものであり、村上ファンドやウォーレンバフェットのような「もの言う株主」行動は、「編集権の独立」を堅く守るべきメディア企業では適切ではないと考えています。”
また、苫米地氏が「編集権の独立」を保障しつつ、「編集者の倫理」についてはオーナー株主として経営側に現状改善の「申し入れ」を行ったことは、当然のこととはいえ、株主としての道義的責任を立派に果たしているといえ、これも評価する。
“処罰や人事に介入する気はありませんが、先ほど、経営陣と連絡を取り、「編集者の倫理」(Editors' Code of Ethics)の教育を、これまで以上に、社員、契約社員全てに徹底して欲しいと申し入れました。”
オーナー株主として、社内で一切の役職を持たずまた報酬を受け取らないのは至極当然のことであるが、そうして経営に関与せず、株主の意向が影響しないよう「編集権の独立」を確保しつつ、今回苫米地氏が敢えて「もの言う株主」のように自ら経営陣に「申し入れ」を行ったこと。
“オーナーである私は取締役を含む一切の役職を持っていません。当然報酬も一切受け取っておりません。年に一度の株主総会で決算を承認し、株主としての配当を受け取るというのみの関係です。経営の健全性は、会計士、弁護士、経営コンサルタントを含む外部顧問会がチェックしていますが、彼らも職務上、コンテンツには一切関わっていません。このように、サイゾーグループの「編集権の独立」は、ニューヨークタイムズよりも先に行っているぐらいであると自負しています。”
ここまでは評価できる。だが、ビジネスジャーナルのこの訂正とお詫びが倫理コードに従った十分な対応だったとは評価できない。この”初回”の対応で、同誌はたしかに「訂正とお詫び」を行ったが「事後報告」は、単に不正があった事実を確認したというだけのことで、文責・編集責任等の責任の所在は明らかにされていない。
http://biz-journal.jp/2016/08/post_16526.html
“当該記事は外部の契約記者が執筆したものであり、NHKに取材をして回答を入手したと記述しておりましたが、実際には回答を入手しておらず、当編集部も確認を怠った責任があります。”
苫米地氏は今後、経営陣が「編集者/記者に懲戒解雇、もしくは契約解除、損害賠償請求、更に、経営陣も、関係各所への謝罪に合わせて、自らに何らかの処分を下すといったステップが取られることが」”当然想定”されるとし、暗に会社側に対応を指南しているが、それだけの対応では済まない。ビジネスジャーナルは、国際標準であるECPやSPJの倫理コード(日本語版はないのか?)に従った責任履行をさらに果たしてゆかなければならない。即ち、どの時点で、誰が、何をして、何が、どうなって不祥事に繋がったのかを、今回の謝罪の対象とした「当事者」に事後説明し再発防止を保障する説明責任の履行だ。
“他に同様の事案がないか調査し、厳正な処分を行うとともに再発防止に取り組みます。”
BuzzFeedによると、こうした取り組みについてビジネスジャーナル編集部は「まだ十分ではない経緯説明やお詫びを引き続き行い、名誉回復の手段をできる限り講じる努力をしてまいります」と回答したそうだが、自社でその旨を記載すべきだろう。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160901-00010001-bfj-soci
“担当者は「当該記事によってご迷惑をお掛けした方々にも、まだ十分ではない経緯説明やお詫びを引き続き行い、名誉回復の手段をできる限り講じる努力をしてまいります」と何らかの対応を行うとした。”
苫米地氏がサイゾーグループの「編集権の独立」を「厳しく自重して保証」するのはいい。だが「編集者の倫理」については、「今後」の厳しい運用や教育ではなく、その倫理コードに基づいた責任履行を”いま”サイゾーの経営陣を通じて『ビジネスジャーナル編集部』に求めるべきだろう。最後に、苫米地氏曰くサイゾーグループが「新しいジャーナリズム」の形を志向するのは結構なことだが、まずは「旧いジャーナリズム」の原則の厳格な適用を”即”実践してみせるべきだろう。運用や教育の改善で対応を先延ばしにしている場合ではない。消費者として、これからも対応を注視する。
















