篁
小野篁という人がいました。
漢詩が得意な人で、とても賢い人でした。
ある日遣唐使として派遣される際、乗るように言われた船が修理が不完全な者で、搭乗を拒否します。これに関して問題になりましたが、彼は反省の姿勢を見せることなく、朝廷(天皇)を表立って批判しました。
これがきっかけで島流の刑になるのですが、その時に読んだ歌が百人一首にも入った、
わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣舟
になります。
ここの「人には」の人は、京都の人のことである(京都でこれまで付き合ってきた仕事や遊びの仲間、世間)と言われていますが、私は少し違う気がします。
彼はこの罰を受ける自分の行いを恥じてはおらず、中心の心情としては納得いかないけれども、自分の判断で行った結果を受け止めるぞ、という寂しさではなく、自分の芯を貫く覚悟を感じるのです。
行ってきます、寂しいですだけでは、彼の心情を正しく理解できているとは思えません。
この自分の芯を貫く覚悟で流されるにあたって、「行ってきます」と伝えたいのは、自分をこの様にした京都の人々ではなく、自分のこの覚悟をわかってくれる、たった1人のあの人ではないかと思います。
他の人に理解してほしいなどと思う人間はそもそも島流にあうような事はしません。
釣り人ではなく、釣り船に託しのも、一種流されやすく自身の心情を深く理解できない「人間」よりも、船の方がまだこの気持ちを託すのに相応しいと彼は思ったのだと思います。
私は彼が好きです。






