シイナさんがミカンさんにブレスレットを贈る話 (ミカンさん視点)
シイナさんは何かをつくりだすのが好きで、よく何かをつくっている姿を見かけた。
それは絵だったり、アクセサリーだったり、はたまた自身を構成する思考の一部だったり。
作業中のシイナさんは、とても真っ直ぐで真剣な目をしていた。
まるで自分の命のかけらを優しく埋め込むかのように。
そんな時のシイナさんに声をかけるのは憚られた。そんな寸分も狂わせてはならない作業の手を止めさせたくはなかったから。
ある時、シイナさんはとても綺麗な蒼い石を光に透かして眺めていた。
「そうですよね、でも、ただの蒼色じゃないんですよ、ほら」
「光に透かすと、少しだけ黄味がかって見えません?」
それは光を吸収して、先ほどまでの青さを和らげて翠色に変わっていた。
どちらにせよ、とても綺麗な色だった。曇りなき空のような、淀みなき海のような。
そう言ってふわりと微笑んだシイナさんは、紛う事なく天使のようだった。いや、私にとっては天使以外の何者でもないのだが。
見蕩れている間にシイナさんはまた後で、とその場を去っていった。
……シイナさんにとっても大事な日?何かあったっけ、私が知っている情報の中では何もなかったはず。
まさか私の知らない情報がある?そりゃ何もかもを把握しているわけでないが、記念日の類は粗方把握していたはず。
部屋に戻ってシイナさんの情報をまとめたファイルを見返そう。
「そうなの?学校でもあんまり見ないんだよね。一日に一回姿を見れたらいい方だよ」
そう寂しげに交わす友人達を横目に、私もほんの少しの不安を感じていた。
あの時の会話以来あまり姿を見ないのだ。見かけても、滅多に見ないような険しい表情で慌ただしげに動いている姿。声なんてかけられるわけがない。
何かあったのだろうか……。ふと思えば、私の誕生日は明日だった。
シイナさんの何かを変えてしまった、何か良からぬことが起きた、そういう意味での大事かもしれない。
そう思うと、その日が何の日なのか調べようとしたことを申し訳なく思った。無論、何の日だったのか知ることはできなかったが。
私に出来ることなどあるのだろうか。あるなら、どんなことでも喜んでするのに。しかし、それを知ることも今は憚られる。
明日は誕生日だ、だけどそんなこと今はどうだっていい。シイナさんのことを思うと胸が痛んだ。
沈んだ気持ちでは睡魔もやってくるはずがなかった。毛布にくるまっていても寒くて、意味もなく泣きたくなった。
あと少しで日付が変わる。ああ、こんな気持ちのまま明日を迎えるのか。嫌だなあ。
私はいいのだ。せめて、シイナさんの気は晴れていてほしい。何があったか察することさえできないけど、それくらいは祈らせて。
潤む目を擦り、胸の前で手を組む。お願いします神様。
こんな時ばかり祈ってごめんなさい。でもシイナさんにあんな顔してほしくないんです。
どんどん悲観的になり枕が涙で濡れ始めた頃、とんとんと部屋の扉を優しく叩く音が聞こえた。
この学校は規則が緩く、真夜中でも自由に寮内で動けるようだった。私は一度もしたことないけど。
人次第では追い払おう。今はあまり誰かと話したい気分ではない。
そう思い部屋の扉を開けると、そこにはシイナさんがいた。
「え、あっ、こんばんはッ! シ、シイナさんどうしたんですか……?」
「は、はい!どれだけでも!シイナさんの望むままに!」
穏やかな表情のシイナさんに内心安堵しつつ、シイナさんが部屋に来てくれたことが嬉しくて思わず変なことを言ってしまった。
そんな私にシイナさんはふふっと小さく笑って、じゃあお付き合い願います、と頭を下げた。
とりあえず私の部屋で、と部屋にシイナさんを招き入れる。
シイナさん夜は着込む派なんだなあ、メモしておこうと考えていたとき、シイナさんが口を開いた。
優しく紡がれた言葉に、先ほどの涙が戻ってくるかと思った。否、ちょっと戻ってきた。
目を潤ませていると、シイナさんはポケットから小さな箱を取り出して私に差し出した。
「ささやかなものですが。気に入ってもらえると嬉しいです」
「ありがとうございます……! あの、開けてもいいですか?」
嬉しさで震える手を必死に静め、綺麗に結ばれたリボンを名残惜しく思いつつ解く。ああ、解いてしまった。
包装紙を傷付けないようにそっとテープを剥がし、箱を開けると、蒼色のブレスレットが可愛らしく収まっていた。
このブレスレットについている石、見覚えがある。この石は……
「あの日、シーナさんからとっても綺麗な石を貰ったんです。ここではないセカイのものらしくて、二つとないものなんだそうです」
「ううん、ミカンさんにこそ使いたかったんです。一目見た時、ああ、この色はミカンさんの色だって思ったから」
「普段は蒼色で、日が昇っている時に見るミカンさんの瞳と同じ色。光に透かすと翠色で、嬉しいことや楽しいことがあった時に輝く瞳の煌めきと同じ。暗闇の中で見ると青紫色で、ミカンさんの綺麗な髪の色にそっくり」
そう呟くと、シイナさんはばつの悪そうな顔で私を見た。
わがままとは何だろう。シイナさんのわがままなら何だって聞く。あ、死ねは聞けないな。死んだらシイナさんを拝めなくなってしまう。
少し思考が飛んだところでふと我に返り、慌てて声を発した。
「白い蛍光灯の光に透かしたとき、何だか私の目の色に似てる気がしたんです。私の色が入ってるものを身につけてもらえたら、嬉しいなって」
何てかわいいわがままだろうか。そんなのいくらでも聞きます。むしろ嫌がられてもやります。あっでも嫌がらせたくはないなあ。
「!! ありがとうございますっ!大切にしますね!毎日つけます!」
「ふふ、こちらこそありがとうございます。気に入ってもらえたなら私も嬉しいです。心を込めて作った甲斐がありました」
シイナさんの、ものづくりに対する姿勢は知っている。
自分の命のかけらを優しく埋め込むかのような、ある種の神聖ささえ感じる、慈愛に満ちたその姿勢。
そっとブレスレットを見る。私は、そんな素晴らしく清いものを送られたのだ。
喜びや嬉しさで胸が詰まる思いの中、気になっていた疑問を問いかけた。
「……もしかして、ここ最近シイナさんをあまり見かけなかったのは」
「はい、時間の許す限り部屋にこもって作ってました」
「え、私そんな顔してました?実はデザインに悩んでて、ちょっと切羽詰まってたんです。ミカンさんに気に入ってもらえるものを作りたかったから」
「わ、私はどんなものでも、シイナさんからいただくものなら嬉しいですし、大切にします! シイナさんからのプレゼントは、全て等しく私の宝物です!」
まさか、それらは全て遠からず私のためだったなんて誰が思えただろうか。
私は私のために時間を割き、その優しく穏やかな顔を歪ませているシイナさんに胸を痛めていたのだ。
私のためにそこまで……確かにとても嬉しい。でも、こんな時にも私の悪い癖が頭を擡げた。
「どうして、私にそこまでしてくださるんですか。私なんて、毎日やかましくシイナさんの周りをうろつくだけなのに」
するとシイナさんは一瞬驚いたように目を見開いて瞬きをし、ふ、と微笑んだ。
「どうしてって、私がミカンさんのことが大好きだからですよ」
「信じられないなら、私はこれから毎日ミカンさんに大好きだって伝えますね。私はミカンさんに出会えてこの上なく幸せです。ミカンさんのお誕生日がとても大事な日になるくらいに」
私の誕生日だから大事な日だなんて。そんなの分かるわけがない。分かったとしても、私のこの性格じゃガセだと思い込むだろう。
「そうですね、ミカンさん毎日そう言ってくれるから知ってます」
「大好きなシイナさんがそう言うなら、私はシイナさんの言葉を信じます」
衣擦れの音も出さないくらい静かにシイナさんが近付いて、私を抱きしめた。
温かいなあ。シイナさんいい匂いする。すごく安らげる匂いだ。
暫くシイナさんの体温を譲り受けていて、また静かにシイナさんが離れた。その時、シイナさんの手首で何かが光を反射した。
「……ああ、私のわがまま、もう一つありました。ミカンさんとお揃いのものをつけたかったんです」
そう言って袖を少しまくったシイナさんの細い手首には、貰ったブレスレットと同じもの。
そこに付けられた石の色は少し暗さを増して、艶やかな青紫色のように見えた。
「私だって、シイナさんとお揃いのもの、欲しかったんです。シイナさん、いろいろなものをくれて、本当にありがとうございます」
「これからもっともっと、ミカンさんにいろんなものをあげていく予定ですけどね」
「気負わないでください、シイナさんの心がこもっているならどんなものでも宝物です。使用済みのちり紙だって宝物になりますよ」
「ふふ、さすがミカンさんですね。でもどうせなら綺麗なものをあげたいです」
そんな私の気持ち悪い発言さえ、笑って受け止めてくれる。
前は決して手が届かないと思っていた、雲の上にいた天使。
今は私の隣で、私のことを大好きだと言って微笑んでくれている。
こんな素敵な天使に出会わせてくれたお礼も含めて、心中で神様にありがとうございますと告げた。