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“菅原道真が遊びもしなければ家庭も省みない勉強一代男として学の分野で君臨せんとするまさにそのとき、わずか16歳にして大貴族藤原の息子、藤原時 平が出現する。この男、権門の子弟ということで日本版科挙も受けずに参内するという裏口っぷりを発揮する(が、政治は不可解なものだから、このシステムも 実はここぞというときには機能することもあるのだな、と後でおれは気付く仕組みだ)。 発揮するのは良いのだが、当時、女がすなる和歌で恋歌ばかり詠むに長け、あっちに美女がいればあっちへ出向き、こっちに美女がいればこっちに出向 き、歌を贈ってはねんごろになるという堕落者である。親父のコネで出仕したのは良いけれど、どう考えてもあそびをせんとや生まれけむな男である。 一方、道真は毎日漢文を読みあさり、勉強しまくり、家族を顧みず、という生活。それでも和歌に心を動かされることもあるが、ひらがなで書かれたもの をいちいち漢字で書きなおすという硬骨ぶりを発揮する。真の漢は漢字を使い、ひらがななどでは文章をなさないのだ、という確固たる信念あり。 さて、官僚はときどき配置換えをすることで、見識をむりやり広めたり妙な縄張りを作れないようにしたりすることは、平安時代でも行われていたわけで、菅原道真も四国の長官に赴任することになる。 そこで驚いた。住民はみんなぼろを着て、字(道真にとっては漢字のこと)も読めずもちろん書けず、どこかへふらふらいなくなってしまう。 律令制度は土地を国家が持ち人頭税を徴収することを基礎としているから、食えなければ逃げるしかないからだ。 これはいかん、と菅原道真は考える。 農業を育成するには、土地に人を縛る必要があり、土地に縛られていれば逆に落ち着いて文化を甘受することもできる。つまり、律令制度には致命的な欠 陥がある。つまり、人頭税だ。(戸籍制度が適当だから逃げられる時代はその致命的欠陥は国家にとっての問題ではあるが、戸籍制度ががっちり組まれるとその 致命的欠陥は国民のものとなるのだろうな、と恐怖を覚えたりもするのであるが、それは余談と予断) こういうときこそ、中国に聴け、と菅原道真は考える。拝外主義者である(ひらがなを絶対使わないわけだし) かくして都へ戻って遣唐使を出そうといろいろ進めていくと、中国の情報が入ってくる。黄巣の乱というのがまきおこっていて中国の政治状況がおかしくなっているらしい。 うむ、律令制度の本家もだめなのか。 愕然とする道真。 しかし、学があるということは良いことだ。 自ら新たな政治の枠組みをついに考えだす。 それが、地代だ。すでに荘園の萌芽があるが(班田収受の法から時代もたっているわけだし)、それを利用し、土地に税金をかければ良いのではないか。 さっそく建白書を作り新たな税制を作り、人頭税を廃止し…… そこに貴族が猛然と抗議をするのは当然であるが、そうは言っても国家存亡の危機にまで実は国家財政が傾いているので、そのあたりはなあなあにできそうではある。 しかし、道真改革に対して、猛然と反旗を翻したのは他ならぬ部下の官僚たちであった。なんと、学問の王様の道真ともあろうお方が、われらが模範たる先進国、中国由来の律令制度を否定するとは、四国でおかしな食い物でも食ったのであろうか? かくして日本で最初の公務員によるゼネストが敢行されてしまい政務がストップしてしまう。 予算審議の最中に政治の空白が生まれる状況の始まりである。 官僚がそっぽを向いてしまうとどうにもならないので、それまで女遊びが過ぎるとして軽く見られていた藤原時平(道真の右大臣と並んで左大臣になって いはいるが遊んでばかりいるので誰からも相手にされていなかった)にみんなの注目が集まる。国家存亡の危機なのはさすがに殿上人にもわかっている。下級役 人にもわかっている。 さて時平も困った。 が、女心を自在に操るまでに至ったこの男、状況把握のセンスがある。 とりあえず、まとめると ・人頭税をやめて土地に税をかけるべき(学問の神様の結論なのだから正しいと考えるべきだ) ・先進国中国由来の律令制度を変えるということは、官僚たちの知的基盤、あるいはアイデンティティの破壊となるので、それは不可能だ(というか実際に政務が滞っている) つまりジレンマですな。 しかし、と、時平は考える。これがジレンマになるのは、後者の代表が前者を持ちだすことの不整合に由来しているのではなかろうか? そこでまずは道真に退場を願うことにして、うまいこと九州へ追い出した。ストを打っていた官僚たちも、土地に税をかけられることに戦いていた貴族たちも大喜び。 再び、しかし今度は時平を中心に政務が回り始める。 しかし、と、時平は頭を悩ます。へたすると結局道真と同じわだちを踏むことになるからだ。いずれにしても、道真改革は実行しなければならないわけ で。いくら自分が大貴族の御曹司といったって、部下の官僚がストを打ったら手も足もでないのは、あの誰もが尊敬する道真が手も足も出なくなったことから明 らかだ。 そこで、しょうがないので打開策を探るために勉強をしていてふと気付く。この漢字の塊のような文書群が、官僚たちを中国万歳、先進国の成果を後進国 は受け入れていればよいのだ、という安易な考え方のもとになっているのではないか? っていうか自分の国のことは自分の頭で考えろよ常考。 そういえば、故郷のお寺の教えに、やまとことばはことだまでどうしたといかいうのがあったが、じっさいのところ、われわれがはなすことばとかくことば、これのかいりがかんりょうたちに、みょうなこていかんねんをうえつけていると、かていしよう。 そんな仮定ができるのは、この男が恋歌ばかりを作っていて、試験勉強のために漢文を詰め込まなかったからだろう。つまるところ、時平は他の官僚や大臣と異なり、漢字にも中国にもこれっぽちも未練はないし自身のアイデンティティもないのだ。 まずは、この国はこの国、やまとのくにだということを世に示すことから始めよう。そうすれば自ずと道は開けるに違いない。 そこで、天皇に歌はいいですよいいですよと吹き込み(おそらく財政問題のこともあり、醍醐天皇と時平は共同戦線を張っていたのは間違いないだろうと 思う。道真追放にも醍醐天皇が積極的にかかわっていたようでもあるし)、歌集の作成の許可を取り付ける。次に、下級役人の中でも特にばかにされまくってい る平仮名遣いを集めてきた。紀貫之たちだ。 まあ、というわけで、おれはひらがなで歌われる歌の良さを広く世に問うことにした。おまえらがんばれ。 なんと、自分たちの文学に初めてお墨付きを得られるとは! 紀貫之たちは感動してさっそく歌探しの旅に出る。足かけ3年かけて地方の旧家に残る文書やら木簡やらから歌をいっぱい集めてきた。 しかし、困りましたぞ、と貫之たち。 何が? と時平。 出てくる歌はみな、恋の歌ばかり。これではかっこがつきません。 うーん、と時平。恋の歌は良いものだが、確かにそれでは、説得力がないなぁ。やまとのくにはこいのくに、というわけにはいかんだろうし。 おおそうじゃ、と時平は面々を見て気づく。おまえらが作ればいいじゃん。 なんと、われらが作った歌をわれらが選んで載せて良いのですか? だって、おまえらしかいないじゃん。 大感激した紀貫之たちは、歌詠みの本領発揮しまくる。ひらがなだからこそ可能な掛け言葉やらおのまとぺやらを駆使して、季節の歌やら風景の歌やらを作りまくる。 かくして、古今和歌集が完成した。 おお、これは読みやすい、と天皇も大感激。 さて、欽定の歌集とあれば、これこそ我が国の文化の道標、それまで漢文にあらずんば文にあらず、とひらがなをバカにしていた貴族も官僚もみな古今和 歌集を読み、ひらがなに親しむ。いやぁ、恋とは良いものですな、いやいや季節のうつろうさまもまた良いものですよ、という調子だ。 いや、わたしは漢文以外は文とは認めませぬというのは、官場においては新しき文化の風潮に乗れぬ愚か者ということとなった。 さらにこの文化風は吹きまくり、寝殿造りのような建築分野、十二単のようなファッション分野にまでおよび、国風文化とまで呼ばれるまでに至った。 さて、諸君、我が国の財政は危機に瀕しているのはみなさん先刻御承知の通りだ。律令制度はしょせん外国の制度に過ぎぬ。我が国には我が国の美しい文化があり、それにみあった制度があるべきではなかろうか? うむ、そうかも知れませぬの。 かくして、時平は無事、律令制度からのランディングに成功したのであった。 そのころ、九州の地で道真は辞世の歌を七言律詩で書いていた。”
— 文化大革命 - L’eclat des jours(2008-10-09)
何年も前に、あとで読もうと思ってLikeしといたのを掘り出して読んだら面白かった。
自分たちの言葉を使うということが、自立になるよい証明
すると己の言葉で語れぬ者達は永遠に己にはなれず、どこか他の地域の誰かと似たものにしかなれない
日本は国風文化のおかげで自己を確立した 欧州の一部の国でもそうであろう 中国はもちろんそうであろう
逆に永遠に自己になれず、自己はいかなるものかも明白にできない地域がある 欧米に言葉まで奪われたアフリカと南アメリカの国々である フランス語やスペイン語に支配され、自分たちの言語はもはや全貌すら明らかではない これでどうやって自分たちにあった発展を構想できるというのだ
欧米の植民地支配は罪深い 文明の興亡がおきるタイムスパンで新たに自分たちの言葉がこの地域で立ち上がってくるのを待つしかないのか
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“人生には一夜だけ、思い出に永遠に残るような夜があるにちがいない。誰にでもそういう一夜があるはずだ。そして、もしそういう夜が近づいていると感じ、今夜がその特別な夜になりそうだと気づいたなら、すかさず飛びつき、疑いをはさまず、以後決して他言してはならない。というのは、もし見逃せば、ふたたびそういう夜が来るとはかぎらないからだ。逃した人びとは多い。たくさんの人びとが逃し、二度とめぐりあっていない。なぜならそれは天気、光、月、時刻というすべての条件、夜の丘と暖かい草と列車と町と距離が、ふるえる指の上で絶妙のバランスをとった瞬間にあらわれる夜だからだ。”
— レイ・ブラッドベリ「生涯に一度の夜」(伊藤典夫 訳) - つれづれ (via thinkupstudio)
『そして大事なこととして、エンジョイ勢の気持ちでできるような仕事ではありません。理工系の仕事は安易な責任感でやれば時に多くの生命が、時に毎秒大金が失われます。
その強い責任感をやりがいに転嫁するしかない男と、キャリアを一時停止することが社会的身体的に許容される私たちを安易に比べてエンジョイ勢でもいいじゃん、というのは全方位に失礼ではありませんか?』

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『その瞬間、授業というものの輪郭が変わった。
世界史は、死んだ年号の羅列ではなかった。帝国は、教科書の中の遠い怪物ではなかった。便利さと搾取が同じ街灯の下に立っている、今でも続いている構造だった。』
アツいな^^
“「楽しいことをする」のではなく、「することを楽しむ」と、禅では発想する。楽しみ、遊んでいる時間は因果で未来につなげる必要がないから、「因果に落ちず」と云われるのである。”
— ブクログ (via mcsgsym)

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suzuさんのツイート: “ブルーナは、サンリオのキャシーがミッフィーに酷似しているとして提訴した。 ブルーナもサンリオも一歩も譲らない攻防が続くが、訴訟中に3.11が起きてしまう。 地震の悲惨さに胸を痛めたブルーナは、互いにかける訴訟費用を日本の復興に当てるべきだ!と主張し和解をした。かっこよすぎるよ! https://t.co/IVHbpPd19G”
(via Xユーザーの中村さん: 「こち亀161巻"ボトルカスタムの巻"、両さんの戦車授業、普通にわかりやすくて面白いの笑ってしまう。 https://t.co/fyZ7CCarJe」 / X)

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(Xユーザーのイエス・キリストさん: 「めっちゃ刺さった https://t.co/1CI4aWPAqz」 / Xから)
“映画『スカイ・クロラ』が公開されたとき、「子供が煙草を吸っている」というクレームがありました。子供ではありませんけれど、勝手にそう認識されたのでしょう。押井氏も僕も、そういうクレームが来ることは想定していて、「来ましたね」というだけでした。どうして「子供が戦争している」というクレームが来なかったのかが不思議。戦争よりも喫煙の方が、あってはならない酷いことなのですか? ミステリィでも同様で、「煙草を吸っている人が登場する」というクレームは来ますが、「人を殺す人が登場する」というクレームは来たことがありません。作品の中で差別があったとか、セクハラがあったとか、パワハラがあったなどと文句を言う人はいますが、それよりも殺人の方が重大な犯罪だろうと思います。ミステリィに「倫理観」を求めている人もときどきいらっしゃいますが、お門違いではないか、とも感じます。 犯罪者が、最後に謝罪すると共感できるのでしょうか。心情的に理解ができるような理由があって殺すなら倫理的なのでしょうか。ひょっとして、そういう文化があるから、「これだけ辛かったら人を殺しても良い」「こんなに苛められたら、社会に報復するため無差別殺人をするしかない」と考える人が出てくるのかもしれませんね。 感情的な共感は非常に恐い、と僕は考えています。たとえば、民意は感情的ですから、共感が高まれば、戦争になったりします。炎上も、ネット上だけならかまいませんが、リアルになると暴動になり、被害が出ます。言っていることや、思っていることがいくら正しくても、どれだけ理由が正義であっても、行動したら犯罪になるものは多いし、無関係な人が怪我をしたり、大事なものが壊されたりします。みんながやっているから、という「共感」があっても、単なる「危険行為」になるのです。間違っているのではないでしょうか? その意味で、クレームはまったくけっこうですし、炎上も全然かまいません、それに煽られて行動する人がいないかぎりは。そういう人がもし出たら、煽った人たちにも一部の責任はあるだろう、と僕は考えます。 それから、公の場で語ったらいけないことが、最近では非常に多く、一億総上から目線の厳しい社会になってきましたが、小説の中ではなんでもできる、なんでも書ける、というのが「表現の自由」というものです。小説の中でなら殺人ができるのも同じ理屈です。そういうものを読んで、「作者はこんな殺人がしたいんだ」と思ってもらってもけっこうですが、そういう本を出す出版社も、もちろん問題がないからしていることです。ミステリィを読む人は、人を殺したい人なのではない、と思いますが、いかがでしょうか?(人を殺したいと思って読んでも、悪くはありませんし) 「早く結婚しろ」「ちゃんとした職につけ」と親に言われたから、殺してしまったという事件が幾つかありました。そういうことは、言わない方が良いのか、親と子なら言っても良いのか、どう思いますか? 僕は言いませんけれど、それを言う親を非難もしません。 恋人どうしの会話には、セクハラ的発言がないのでしょうか? 仲が良くて、ちょっと巫山戯て言ってしまうことはあるのでは? 第三者は、盗聴でもしないかぎり、そんな会話を聞けませんが、小説では多くの人がそれを聞くことになるのです。そういうセクハラ発言を書くだけで、作者の倫理観が問われるのでしょうか?”
— 店主の雑駁: 気持ちがわかる殺人ならOK? (via conveniitekuru)